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ヒーロー
一真

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800DL記念SS



『本心はリナリアに』作・雪華


 楕円の弁当箱に綺麗に詰められた好物の数々――玉子焼き、タコさんウィンナー、鳥のからあげ。どれも爺やいわく「坊ちゃまは庶民くさいものがお好きでいらっしゃる」ということだったが、天堂翼の譲れないメニューだった。細かく言うならタコさんウィンナーは甘辛い味付けが好きだ。野球部だった頃は「ウィンナーが甘いなんて」と驚愕する者もいたが、あの甘さと白米が口の中で混ざりあった時の奥深さは、どんな珍味よりも美味だと思う。
 そんな賛辞を頭の中で並べたて、翼は次々と好物をほおばる。今日は快晴なのもあって、学校の屋上で弁当を広げている状況が、ピクニックのように思えた。
(あ、このタコ、足が九本だ)
 タコさんウィンナーが残り一つになると、日光で艶々と輝く頭頂部を名残惜しげに箸先でつつく。
 行儀の悪さを指摘する風が吹き、白米の上の海苔をはためかせた。
 この海苔にも一工夫がしてあって、翼の希望でハートマークが描かれている。どこまでもコテコテの鉄板仕様だ。
 お坊ちゃんなのに庶民的な弁当が好きなのは、愛する彼女と昔食べた弁当が忘れられないからだろう。幼い彼女が記憶を失くす前に作ってきてくれた弁当は、不格好ながらも可愛くて、完食するのがもったいなかった。
(それでこっそり残りを隠したら、病室で腐っちゃったんだよな。母さんに怒られて大変だったっけ)

 しみじみと過去の記憶も味わっていると、作り手である彼女が、隣で小さくうなった。
「翼くん。好きなものばっかり食べちゃダメって、いつも言ってるのに」
 口をモゴモゴさせながら横を向く。困ったふうに下がった眉が可愛くて、思わずキスしたくなったが、甘くなった自身の唇を噛んで我慢した。唇から味が消えた頃、からかうふうに笑う。
「若奥様としては、夫の偏食癖を見逃せない?」
「べ、べつに奥さんだからとかじゃなくて……」
 照れて俯く彼女を見ると、好物を目の前に置かれた犬のごとく落ちつかなくなる。今すぐ抱きしめて押し倒したい。
(って、だめだめ。我慢我慢。こんなところで押し倒したら嫌われる)
 彼女とは、少し前に翼がプロポーズをして入籍を果たしたばかりだ。卒業前に結婚ができる誕生日であったことを、あの日ほど感謝したことはない。柄にもなく、母に「この日に産んでくれて有難う」と礼まで言ったくらいだ。浮かれきったテンションが下がらないまま新妻を抱き続け、周囲に苦言を呈されたのは、記憶に新しい。
 だが幼い頃から、ずっと彼女の夫になることを夢見ていたのだ。少しくらい羽目を外しても許されるだろう……と翼は思っていたのだが、彼女からも「ちょっとエッチの回数が……多いかな」と遠慮がちに言われ、猛省した。他の人間の苦言はどこ吹く風でも、愛しい新妻の一言は、宇宙一重いのだ。
 ――という経緯があって、翼は一週間ほど禁欲生活を送っている。正直なところ、いつでもどこでも抱きたいお年頃としては、もはや精神修行に近い。あまりに悶々とした空気を出してしまっていたのか、教師の久世一真から心配されてしまったほどだ。
(あぁ、落ちつきのある大人になりたい)
 結婚ができる年齢になっても、いきなり大人になれるわけじゃない。まだまだ未熟なところがあって、それこそグリンピースを弁当箱の端に寄せてしまうくらいには幼い。
 そんな偏食気味な翼の体調を、彼女はいつも気にしている。好物に紛れさせるように苦手な食べ物が入っているのは、そのせいだろう。
 彼女の気持を思うと申し訳ない気分になり、翼は思いきってグリーンピースを一粒口に入れてみた。
「……あれ? 意外といけるかも」
 想像していた独特の食感や臭みがない。
 思わず呟くと、彼女の顔がパッと輝いた。
「でしょう? お義母様から新しい調理方法を教えていただいたの」
「はは。まだ花嫁修業、継続してるのか」
「だって……早く天堂家にふさわしいお嫁さんになりたいから」
 彼女は実家が一度没落しているせいか、妙なコンプレックスを持っている。
 翼としては、早くそんな無駄な意識は取っ払って、リラックスして過ごしてほしい。
 そう言っても、真面目な彼女は花嫁修業を止めない。
 翼はもどかしくなり、グリーンピースを挟んでいた唇を、彼女のそれと重ねた。
「んっ」
 口移しで食べさせられた彼女が、少しうらめしそうな目を向けてくる。
 許しを乞うように、もう一度キスをして、軽く首を傾げた。
「お前は『天堂家』と結婚したんじゃない。この俺の嫁になったんだ。ふさわしいかどうかで言ったら、これ以上ないくらいだよ」
「そ、そんな甘いこと言って、苦手なものを私に食べさせようとしても、ダメなんだからね」
「このグリーンピースは苦手じゃない」
「じゃあなんで私に食べさせるの」
「お前、あんまり食べないじゃん? 心配なんだよ」
「食べてるよ。翼くんの食べる量が多いだけ。今だってほら……もうお腹パンパンなんだから」
 彼女が「ほら」と言って、少し膨れた自身の腹部をさする。
 動きにつられて下腹部を見た翼は、ぼんやりと思った。
(……早く俺の子供を妊娠して、腹がでかくなんないかなぁ)
 彼女は彼女自身が思っているよりもモテる。その自覚がないのは、翼があらゆる手段を用いて邪魔な虫を排除してきたからであって……、つまり翼は不安で不安で仕方ない。だから、というのも問題のある考え方だが、さっさと二人の愛の証を作りたかった。
 一日でも早く彼女に似た可愛い我が子を抱き、ゴミ虫――と翼は心の中で呼んでいる――新井に向かってドヤ顔をきめたい。
(でも、あんなに危険日に中出ししたのに、まだできないんだよな。学園長の言う通り、子作りって難しい……)
 山那学園の体育教師である山那誠も、今では翼の味方だ。二人の馴れ初めを教師の久世から聞いたらしく、翼が困っているとアドバイスをくれる。なぜ親身になってくれるのかわからないが、山那は「普通じゃない始り方をした仲間」だと言っていた。
 その山那誠直伝の、欲望を隠す微笑みを浮かべつつ、翼は冗談っぽく言った。
「(孕んで)もっと大きくなーれ」
「あはは。翼くんは、ふっくらした女性が好きなの?」
「ううん、お前が好き」
「そ、そっか。私も……翼くんが好きだよ」
「マジで大好き。死ぬほど好き」
「わ、わかったから」
「わかってない。俺、どんなストーカーよりも嫉妬深くて、執着心が半端ない男だよ」
 口説くような甘い声で、恐ろしいことを囁く。
 けれど彼女は程度をわかっていないからか、純粋に照れて頬を赤くした。
 その様は内心で悶絶するほど可愛かったのだが……赤すぎる気がしないでもない。
 思えば彼女は、屋上に出る前から、たまに足もとがフラついていた。気になって聞いても「ただ転びそうになっただけ」と言うから信じていたが、もしかしたら風邪をひいているのかもしれない。
「気がつかなくて悪かったな。やっぱりお前、風邪ひいてるんじゃ――」
 そう心配して肩に手を置いた瞬間、彼女の体がぴくんと跳ねる。
「んぁっ」
 翼が禁欲中だからか、その甘い声は嬌声にしか聞こえなかった。赤い顔との相乗効果で、押しこんだはずの劣情が、これでもかと刺激された。
 悪寒めいた感覚が腰あたりから駆け抜ける。ごくりと喉が鳴った。
「ごめん……くすぐったかったか?」
「う、うん。ちょっと……」
「ほんと、ごめん」
 謝りながらも、指先は翼の自制心を振りきって、彼女の首筋をなぞる。
 彼女は肩をすくめ、ふるふると震えながら、嬌声を飲みこむように息をつめた。
 たまに漏れる小刻みな甘い声が、翼の下半身を直撃する。若さ溢れるアレがあっという間に張りつめ、ズボンの前は目に見えて膨らんでしまった。
「ん、ダメだよ、翼くん」
「どうして? お前も我慢できなくなったから、こんなに敏感になってるんじゃないのか? ちょっとくらい触っても――」
「それでも我慢しないと、ダメなの!」
 翼の手を掴もうとする手を、逆に掴んで、顔を寄せる。
「なんで?」
「……まだ言えない」
「まだって、なに? いつ言えるの?」
 無理矢理始めた関係だと思っているから、翼は彼女に隠しごとをされると、どうしようもなく不安になる。つい気が急いて、彼女の胸に手が伸びた。
「んっ、だから、ダメだって……!」
「少しだけだから」
 言い訳を囁く唇を、優しく重ねる。ついばみながら胸を揉み、下着越しに乳首を引っ掻いた。
 キスの合間に漏れる彼女の息が、段々と荒くなる。
「ふ、ぁ……つばさ……くん」
 たぶん無意識だろう。彼女が、まさしくセックスの最中の声で翼を呼ぶ。
 それでいよいよ、翼のスイッチが入ってしまった。
 もうどうにも、衝動を抑えられない。
 少しだけだったはずのキスは、いつしか嵐のような激しさに変わっていた。二つの膨らみを揉みながら、くちゅくちゅと音を立てて舌を絡める。
「んんっ、ぁ……! んっ、やぁ……ん」
 たまに漏れる制止の声も、翼の劣情を刺激する材料になってしまう。
 我慢していたせいでタガが外れた時の衝動は御せるものではなく、翼は獣のような息を吐きながら懇願した。
「っ、はぁ、はぁ、お願い。入れないから、触らせて」
「ん、あぁ……、え……?」
 どこに触れるのか言わないまま、翼は彼女のスカートの中に手を入れる。
 数秒遅れて彼女がハッとした顔になり、今さらのように身を捩った。
「だ、ダメ! 今日は本当にダメなの!」
「触ったら嫌いになる?」
「ならないけど……!」
「良かった」
「良くな――、あっ!」
 翼は身を捩って逃げようとした彼女の腰に腕を回す。そしていよいよ、待ち望んでいた柔らかな感触を――。
「ん? なんだ、これ」
 予想外の硬い感触を指先におぼえる。
 下着の中に……厳密に言えば、膣口であろう場所に、何かがあった。
「っ」
 彼女の反応は顕著で、顔どころか耳も首も赤くなった。涙目で唇を噛み、肩を震わせる。今にも泣いてしまいそうだった。
 彼女の涙に弱い翼は、うろたえた。正体不明の物体が彼女の膣口にあることにも混乱し、上手い質問が見当たらない。
 困りきって目で問うと、彼女は長い沈黙の果てに、絞りだしたような声で言った。
「……花嫁修業の最中だから、触っちゃダメ」
「え? ……え?」
 動揺しすぎて二度聞きかえしてしまう。
 彼女はからかわれたと思ったらしく、涙を溜めた瞳で、珍しく翼を睨んできた。
「どうして教えてくれなかったの?」
「は? え? な、何を?」
「これが天堂家の花嫁修業だって、私、もう知ってるんだから!」
「……?」
 困惑しすぎて、すぐには声が出なかった。突然おかしなことを言いだした彼女を心配し、翼は本心から優しく問いかけた。
「何か嫌な夢でも見たのか?」
「話を逸らさないで」
「いや、逸らしてるんじゃなくて、マジでわからない」
 本気で動揺している翼を見て、今度は彼女が首を捻る。
 お互いに予想外の展開といった感じで、しばらくは、ただ見つめあっていた。
 校庭のほうで大きな声がして、ようやく翼の頭が回転し始める。
 ――もし「膣に何か入れることが天堂家の花嫁修業だ」などという嘘を彼女に吹きこんだヤツがいるとしたら……それはとんでもない事態だ。
 急速にわいた殺意が、普段よりも数段低い声になって出る。
「……誰に聞いた?」
 彼女は、翼が自分に対して怒っていると思ったようで、小刻みに震えだす。
 しかしもちろん、翼の怒りの矛先は、彼女に嘘を吹きこんだ輩だ。
 返答を待ちきれなくて二の腕を掴むと、彼女がビクリとして口を開いた。
「えっと、あの……」
「なに」
「だ、黙っていて、ごめんなさい。実はこの間……西条凍時様に会いに行ったの」
「え?」
 聞いた瞬間、翼の怒りが若干静まる。それは翼にとって、ある意味、極道よりも遥かに恐ろしい存在だったからだ。
 背筋に汗が伝うのを感じながら、慎重に問う。
「呼ばれたのか?」
 昔、彼女の父親は「世界の西条」と呼ばれる西条凍時の妻に懸想し、あろうことか強引に関係を持とうとした。これが発覚したことで、彼女の家は没落させられたのだ。それはもう見事としか言いようがないほどの展開で、彼女の家はありとあらゆる不幸に見舞われた。……全て、愛する妻を害されたことに立腹した、西条凍時の復讐だ。
 社交界の者はみんな察していたが、飛び火を恐れ、表立って彼女の実家を助けようとする家はなかった。ただ、秘密裏に救いの手を差しのべた家はあった。――それが、天堂家だ。
 そういった経緯があるから、翼はずっと西条家を警戒していたし、彼女が西条凍時に近付くなど思ってもみなかった。
「ううん……。私が西条光様に頼んで、会わせていただいたの」
「なんでそんな危険なことしたんだ」
「私の家の人間が幸せになるのを、あの方は許さない。私を娶った天堂家に、必ず災いをもたらすと思ったの」
「もしかして、俺を守るために……?」
 翼もまた震えながら問えば、彼女は迷うように視線を逸らし、それからギュッと目をつむって頷いた。
「っ、そんなことされても俺は嬉しくない!」
「わかってる。でも翼くんに、私たち家族が味わったような……あんな苦い思いをしてほしくなかった。翼くんが不幸になるかもしれない可能性は、なくしておきたかった……」
「だからって、そんなの……!」
「あ、安心して! お会いしてみたら、思っていたよりもずっと優しい方だったの」
「西条凍時が、優しいだって……?」
 西条凍時といえば「氷の貴公子」というキラキラネーム顔負けの二つ名で有名な男だ。異名の印象そのままに、ハートフルな話題など、ただの一度も聞いた試しがない。
 それでも社交界の婦人は、皆その美しさに見惚れた。男たちは、溢れる才気に羨望の眼差しを向けた。だが凍時とお近づきになれた者は、ほとんどいなかった。
 指先一つで暗殺すら命じることができる悪魔は、妻以外には興味がなかったからだ。
「本気で言ってるのか? 脅されてるわけじゃなく?」
「うん。凍時様は私を温かく迎え入れてくれて、美味しいお菓子やお茶まで出してくれたの」
「毒入り?」
「毒入りだったら、ここにいないよ」
「あちらの目的は?」
「私の家を正式に許すために、時間をとってくれたんだよ」
「嘘だろ。今すぐ隕石が直撃するくらい、ありえない」
「本当だよ。とてもお忙しいのに、私みたいな小娘一人のために、十分な時間をとってくれた」
「そ、それで、西条凍時はなんて言ったんだ?」
「えっとね……」
 彼女は目を閉じ、息を吸う。一言一句間違わないようにといった慎重な様子で、西条凍時の言葉をなぞらえた。
「凍時様はこう言ったの――『わざわざ謝罪に来てくれて有難う。でも、もう怒ってはいないよ。ふふ、本当さ。……実はね、俺は若い二人の縁結びをするのが大好きなんだ。だから君のお父上の悪行も、綺麗さっぱり忘れることにする。……ああ、そういえば、君は天堂家に嫁入りするにあたって、例の花嫁修業は受けたのかな? ……なに? 知らない? それはいけない。きっと翼くんは恥ずかしがって言えないんだね。天堂家に嫁入りする女性は、こういった道具を一日中膣に入れ、夫を喜ばせる体にしておくんだ。……え、これもわからないのかい? バイブだよ』……って」
 ずいぶんと長い回想を、彼女はつかえることなく言いきった。よほど印象的な会話だったのだろう。
 任務を果たしたと言わんばかりに鼻を鳴らす彼女とは対照的に、翼は長い長い溜息をついた。
「はぁ……。それで、信じたんだ?」
「……やっぱり、違うの?」
「やっぱりってことは、お前も違うんじゃないかって、少しは疑ってたんだろ?」
「えっと……、うん。でも凍時様が、古い文献を色々見せてくれて……、ほんとなんだって驚いて……」
「ほんとなわけないじゃん」
 翼は呆れた顔をしそうになったが、ふと気がついて溜息を飲んだ。
(あの西条凍時のことだから、たぶんハリウッドなみの小道具を用意して、納得させたんだろうな。でも仮にそうだとしたら……めちゃくちゃ遠回しな嫌がらせじゃないか? 大の男が、そんなくだらない嘘ついて女の子を傷つけるなんて……)
 ありえない、と思いたかったが……常人を超越している存在が相手なだけに、断定はできない。それによくよく考えれば、翼以外の家族の前でこれが……バイブを挿入して過ごしていることが発覚した場合、翼の父母の印象は、あまり良くなかっただろう。翼の父母は善人だが、性に奔放な女性を歓迎できる性質ではないからだ。それを踏まえての嫌がらせだとしたら――地味だが、効果のある呪いだ。
 くらりと眩暈がして、彼女の肩に額を乗せる。
「翼くん?」
「はー……。しばらく、こうしてて」
「う、うん」
「………………」
 早鐘を刻む心臓が落ちついてくると、次第に苛々してきた。午前中ずっと、彼女の快感に染まった頬を他の男どもが見ていたのかと思ったら……燃えるような嫉妬心がわきあがり、渦を成し、醜い独占欲へと変わっていった。
(小さい男だな、俺)
 そう思うのに、自分を止められない。気がつくと、翼は彼女の下着の中に、再び手を忍ばせていた。バイブで広げられた彼女の膣口を、つ、となぞる。
「翼くん!?」
「なあ、さっきさ……俺に乳首いじられながら、感じてただろ? あんなちょっとのことで喘いじゃうんだったら、他の男の前でも可愛い顔してたんじゃないのか?」
「してないよ!」
「なんで言いきれるんだよ。新井のヤツなんかは、お前のことずっと見てるから、きっと色々妄想してたと思うぞ」
「妄想?」
「なんか、今日はエロいなって……」
 囁きながら彼女の耳を唇で挟む。それだけで彼女の体には再び火がついたようで、また甘い声が聞こえた。
「あっ」
「ほら、声、出てるじゃん」
 嫉妬心は高まるばかりで、明らかに苛立った声が出てしまう。
 彼女は慌てた様子で首を振った。
「ち、違うの。この花嫁修業……じゃなかったけど、とにかくこれが上手くいったら、もっと好きになってもらえるかもって思ったら、入ってるものを意識しちゃって……。それでいつも以上に敏感に……」
「敏感になって、可愛い顔、他の男に見せちゃった?」
「見せてないってば!」
「でも、ここ……バイブが滑っちゃうくらい、ヌルヌルになってる。こんなに濡らしておきながら、少しもエッチな顔してないなんて言いきれないだろ」
「本当にしてない。翼くんに触られたから、反応しちゃったんだよ」
「ふーん。じゃあ……俺がこうしたら、入れられてるのがバイブでも、気持ちよくなっちゃうの?」
 指先でバイブの端を掴み、ずるりと引き抜く。彼女が悲鳴のような嬌声をあげると、再び押しこんだ。
「ひっ、あぁ! いやぁっ!」
「嫌って言うわりには、腰……揺れてる。俺のより気にいっちゃった?」
「そんなわけ――、あぁん!」
 わざと大きな音を立ててバイブを出し入れする。そうしながら、脱ぎ捨てたジャケットの上に彼女を優しく押し倒した。
 彼女が感じるであろう場所に狙いを定めると、もっと愛液の量が増して、翼の手を濡らす。
 その淫靡な匂いに酷く興奮した。そんな自分が嫌で、さらに苛立ちは募る。
「っ、くそ! 俺以外のもので感じるんじゃねぇよ」
 自分でも理不尽な文句だと思いつつ、どうにも感情が抑えられなかった。激情と興奮で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。やがて肩で息をするようになった翼は、手早くズボンの前を開き、怒張したペニスを露出させた。
「ま、待って! こんなところで――」
「無理、もう一秒だって待てない。今すぐこれでいっぱいにして、俺のほうがいいって言ってもらえないと、安心できない」
「そんなわかりきったこと……」
「今わかるのは、お前がここをぐちょぐちょに濡らしてるってことだけだよ。だから、ちゃんと……証明して」
 バイブを引き抜き、すぐさま反り返ったペニスの先端を押しつける。ずり上がろうとした彼女の手首を引っ張り、一気に腰を押し進めた。
 ぐちゅん、と淫らな音が鳴って、根本まで熱い膣で包まれた。
「ひぅっ! ああぁ……っ!」
「っ、あぁ、中……想像以上に、すごいことになってるな。ぐちゃぐちゃで、熱くて……、はぁ、いつもより、美味しそうに飲みこんでる。これもバイブのせいなんだって思うと、……めちゃくちゃ嫉妬する」
「そんな……っ、あぅっ!」
 膝裏に腕を回し、大きく開脚させる。少し腰を浮かせるような体勢にさせた後で、真上から打ちこむように腰を叩きつけた。奥を突く度に子宮口が先端に密着し、たまらない快感を翼にもたらす。
「ひっ、ああっ! だ、め! いやぁっ、これ……強すぎる、からぁっ!」
「はっ、はぁ、はぁ、っ……ほんとに、だめ? ぐちょぐちょになった後で、ここを抉られると……お前、すぐイッちゃうだろ。もうたくさんお前のこと抱いて、何度も一緒にイッたから……わかるよ。俺もこうやって、お前の奥とこすりあわせてるとさ……、はぁ、溶けそうなくらい、気持ちいいんだ……」
「んっ、ぁ……翼くん、わたしの中……きもちいいの?」
「うん、たまんない」
 翼が快感を得ているのが嬉しかったのか、彼女の顔が綻ぶ。とろんとした目は、すっかり快感に溺れていた。
 それでも翼は、聞かずにはいられない。
「なあ、お前は……ちゃんと俺ので、気持よくなってるか? バイブよりも、これがいい?」
「んっ、うん、きもちいい」
「どれが? 言葉にして言って」
「あっ、翼くんのっ、翼くんのが……いいの!」
「じゃあ俺のを入れられてる時以外は、気持ちよくなっちゃダメだからな」
「わかっ……た! あっ、わかった、からぁ! も……、い……ちゃっ……っ!」
「ん、俺も……、はっ、はぁ……、イク……ッ!」
 ぱん、と最後に腰を叩きつけ、一週間分の射精をする。
 勢いよく溢れたものが一滴もこぼれないよう、彼女の腰をしっかりと掴み、精液を注ぎこんだ。
 下腹を撫でた彼女が、とろんとした顔のまま呟く。
「ん……、まだ、ビクビクしてる……。こんなにたくさん注がれたら……」
「妊娠するかもな。……そうなってくれたら嬉しい」
「翼くんは、まだ不安なの?」
「ああ、お前が可愛いから心配。本当は屋敷の奥に閉じこめて、一日中見つめていたいんだ」
「はは、見飽きちゃうよ」
「やっぱりお前、わかってないよな」
「なにが?」
(俺の恐さをさ……)
 という答えは口に出さず、代わりに優しいキスを繰り返した……。

 ――それから二十年後、バイブはあの時に一回使われただけで、引き出しの奥深くで眠っていた。
 何度か思い出すことはあったが、使う気にはならなかった。始まりこそ強引だったが、翼の性的嗜好はわりとノーマル寄りで、普通のセックスで満足していたからだ。なによりバイブでも許せないほどの嫉妬深さが、一番の理由だった。それでも捨てなかったのは……翼自身も正確には言い表せなかったが、たぶんバイブを見ると彼女の健気さを思い出し、胸が熱くなるからだろう。
 あの時と変わらない一途さで、彼女は翼を想い続けてくれている。とはいえ、翼が未だにバイブを持っていると知ったら、いくら彼女でも眉をひそめる……いや、泣かれる可能性もある。
「だけど西条氏のプレゼントは、あながち間違ってはいなかったのかもしれない」
 彼女がいない時、たまに引き出しを開けては、翼は一人でクスリと笑う。はたから見たら、バイブを眺めてニヤニヤしている中年美丈夫の危ない絵面だ。だからこっそり、秘密の宝石箱にしまっている。恐らく死ぬまで、大切にし続けることだろう。
 久しぶりに触ってみようかと思った時、遠くのほうから柔らかな声で呼びかけられた。
「翼さん。また秘密の宝物を見ているの?」
 妻が近寄ってくる気配に、翼は少し慌てて宝石箱の蓋を閉め、鍵をかける。
 彼女が目の前に立つと、リナリアの花の香りがした。それが、すっかり「天堂家の若奥様」が板についた彼女を、より華やかで慎ましやかな印象にしている。
「もう、あれが咲いたのか」
 リナリアの香りをかぐ度に、彼女から花束を受けとった日が、瞼の裏に鮮やかに蘇る。あの日、あの瞬間――「この恋に気づいて」と、彼女の瞳に花言葉が浮かんでいた。
「ええ。貴方が秘密の宝物に夢中で私を放っておくから、花が代弁してくれたの」
 拗ねたふうに顔を逸らしながらも、彼女の口元は微笑んでいる。
 翼は彼女の両頬を包んで自分のほうを向かせると、そっと誓うようにキスをした。
「リナリアの花束が必要なのは俺のほうだ。お前が花壇に夢中になってる間、俺がどれだけお前を見つめてるか、知らないだろ。お前に寄ってくる男のように、たまに根絶やしにしたくなる」
「貴方だって花が好きなくせに」
「お前が好きなものを、好きなだけだよ」
 そうは言ったが、翼もリナリアのことは殊の外、気に入っている。この恋の激しさは、花束がいくらあっても足りないほどだから、広大な花壇で育ててもらえるのは有難い。

 全人類を敵に回しても良いと思えるほどの恋心に、どうか気づいてほしい。世界の西条家だって恐くない――。
 花壇一面のリナリアの花が、今日も翼の想いを乗せて、風に揺れていた。


<了>



300DL記念



『300ダウンロード達成記念:翼役 河村眞人様 インタビュー』

Q1■翼のいいところ、魅力的だなと思うところを教えてください。

一途なところですかね。なんにせよ、一途に真っ直ぐに想い続けるというのはすごいことですよ!
あと努力家なんだと思います。

Q2■逆に「ここは(性格や行動)直したほうがいいぞ!」と思うところを教えてください。

一途過ぎるところですかね?(笑) ちょっと怖いくらいになっちゃてる部分が垣間見えるので、ちょっと落ち着け?的な面もありますね。

Q3■もし河村様が翼で、どうしても彼女を諦められなかったら、どのようにアプローチしていましたか。

普通に声掛けちゃうんじゃないでしょうか(笑)
ちょっとづつでもお近づきになれたら…。
だって諦められないんじゃしょーがねーべ!?

Q4■今作のお勧めポイント、もしくは印象に残ったシーンを教えてください。

流れがあってのシーンであり、ポイントですから。全体を流れで聴いていただければと思いますよ!
そして聴いてくださった皆様にとっての、それぞれ印象的なシーンやポイントが出てきましたら嬉しいです。

Q5■ユーザーの皆様へのメッセージをお願いいたします。

一途で、真っ直ぐで、純愛です。
ちょっとアレなところもありますが、純愛です。
どうぞよろしくお願いいたします。