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一真

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『欲情スイッチ』作・雪華


 花を愛する人は、やはり心も清いのだろうか……。
 遠くに漂う白い雲を眺め、天堂翼は考える。本当はこんなふうにぼんやりしていてはいけないのだが、長時間空き缶やらタバコの吸い殻やらを拾い続けたせいで、鍛えていたはずの足腰には疲労がたまっている。
 自然公園でのゴミ拾いは、想像以上の重労働だった。
(まさか俺が、ボランティアでゴミ拾いをする日がこようとは……)
 翼は――愛する人を十年以上ストーカーし続けたこと以外は――善良な人間だが、休日のボランティア活動に勤しむほどかといわれると……少し違う。今の翼の頭の中は、愛妻のことでいっぱいだからだ。他を考える余裕があまりない。それに各業界で名を馳せている天堂家の令息がゴミ拾いをするなど、彼女と結婚しなければありえなかっただろう。
 自分も変わったものだと翼が感慨深く思っていると、少し離れたところから心配そうな声が届いた。
「翼くん、大丈夫?」
 急いでキリッとした顔を作って振り向けば、翼の愛妻が眉を八の字にさせてこちらを見ていた。翼のゴミ拾い――「街の美化及び自然保護活動」は、彼女の誘いで参加しているから、責任を感じているのかもしれない。
「ああ、これくらいなんてことない」
「ほんとに? 今疲れたって顔してたけど……」
「俺は元野球部エースだぞ?」
「でも私がやりたいって言ったことに、無理やり付きあってもらっちゃってるから……。そういうのって、疲れるものでしょう?」
「無理やりじゃない。お前と一緒なら、ゴミ拾いだって楽しめる」
 一部嘘だが、無理やりじゃないというのは、本当だ。彼女一人でよくわからない団体活動に参加させるほうが嫌だった。
 近づいてそっとキスを落とせば、彼女の頬がほのかに染まる。
「それならいいんだけど……。あっ、というか翼くん、また外でキスした」
「ダメ?」
「ダメ」
「なんで?」
 照れる彼女が可愛いから、わかっていながら質問をする。
 彼女は口をもごもごさせ、視線を泳がせながら言った。
「だって最近の翼くん……、ちょっと、外での回数が……多い、から」
 彼女の心はたぶん太平洋より広い。その広さで大体のことは許してくれる。だが最近はイタズラの回数が多すぎたせいで、さすがの彼女も待ったをかけるようになった。
「――だから反省して、今日はスペシャルプランを用意した」
「スペシャルプラン?」
「そう。外で、健全なデート。レストランで食事して、綺麗な夜景を一緒に見る」
「え、デートって……」
「これも、ダメ?」
「あ、ダメではないんだけど、今日は私、替えの服を持ってきてなくて……」
「それなら問題ない。レストランに行く途中にさ、天堂家がひいきにしてるブティックがあるんだ。そこで全部揃えようぜ」
「全部揃うの?」
「ああ、一応下着もアクセサリーも置いてある」
「そういうお店、知ってはいたけど入ったことないんだ。やっぱり天堂のお家ってすごいんだね……」
(あ、まずい)
 お嬢様育ちの彼女だが、天堂家とは財力のレベルが違う。彼女はその差を感じると、未だに申し訳なく思ってしまうようだった。
 苦笑しつつも、どこか切なそうな彼女の顔を見て、翼はもどかしくなる。
(こんなに毎日、お前しかいないって言ってるのに)
 たぶん彼女の家が没落する原因になった例の復讐劇が、彼女の自己評価を低くしてしまったのだろう。
 それは仕方がないとわかっているが、翼としては、やはり翼の嫁として胸を張っていてもらいたい。
(よし、今日はめっちゃくちゃ着飾らせて、自分の可愛さをわかってもらおう)
 十年以上、脳内で彼女の着せ替えをしてニヤニヤしていた翼だ。必ず彼女に似合う服を選べるという自信があった。
 そんな決意を新たにする翼に、遠くから集合の呼び声がかかる。
 翼は「さあ、行くぞ!」と、戦に赴く猛者のごとく気合いを入れて歩きだした。

 ……のだが、一時間も経たない内に、予想外の展開に困惑していた。
 一般的な店舗と違い、天堂家がひいきにしている高級ブティックのフィッティングルームは広い。
 それでも彼女は、気まずそうにモジモジしていた。
「ねえ、翼くん」
「なんだよ、早く脱げよ」
「見られてたら脱げない。……あと、着るまで出ていってほしいなって言ったよね」
「却下。そうしたらお前、これは私には似合わないとか勝手な判断して脱ぎそうじゃん。俺の見立ては確かなのに」
「でもこのドレス、私にはちょっと……えっと、セクシーすぎない?」
「全然。ちょうどいい」
「そうかな……。翼くんには申し訳ないんだけど、これよりさっき見てたドレスのほうが……」
「ああ、うん。あれも可愛かったよな」
「なら、今日はあっちでも……」
「駄目。次はあっちでもいいから、今日はこっち」
「……でも」
「まだあるのか?」
「このドレスだと、ブラジャー見えちゃうよ」
「だからそこに、ドレスにあう下着を用意させただろ」
「下着をつけるってことは、裸になるってことなんだよ」
「お前の裸なら、もう絵が描けるほど見てる」
「っ、もう! だからそういう問題じゃないの! お願いだから、せめて……後ろ向いてて」
 彼女の真っ赤な顔を見て、翼は「ここが妥協点か」と諦める。
「はいはい、わかったよ。勝手に脱ぐなよ?」
「……うん」
 渋々といった感じだが、約束は結べた。これで今日の計画はバッチリだ、と翼は満面の笑み……というよりニマニマしていた。背を向けているから、どんな表情だってできる。
 しかし早く彼女の可愛い姿が見たくてウズウズしている翼の気持ちに反して、彼女の着替えはなかなか終わらない。
 しびれを切らして控えめに声をかけた。
「どうした?」
「ん、なんか……ちょっと、下着のサイズが合わないかも。太ったのかな……」
「いや、体重は変わってないはずだ」
「なんで知ってるの?」
「だって最近は、ほぼ毎日対面座位とか騎乗位してるだろ? あれやると重さとか、どこに肉がついたとか、大体わか――」
「そ、それ以上言わないでいいから!」
 慌てて振り向く音がして、手で蓋をされる。勢い余って、二つの膨らみが翼の背中に押しつけられた。フニン、とした柔らかさを感じた瞬間、全身の毛が逆立つようにぞくりとした。
(これは、やばい)
 雄の本能が高まるのを感じ、翼は深呼吸を試みる。しかしそのせいで彼女の匂いを肺いっぱいに吸いこんでしまい、まったくの逆効果になってしまった。
 入浴後のボディソープの香りではなく、彼女本来の匂いは、どんな高価な香水にも勝る。これを嗅ぐと、翼はもうたまらなくなってしまうのだ。
 加えて今は、彼女の胸が背中に押しつけられている。翼にとっては、これで「欲情するな」というほうが無理な話だった。
 薄く唇を開き、熱のこもった息を吐く。蓋をしていた彼女の指を、ちろりと舐めた。
「ひゃっ」
 彼女が驚いて手を引っこめようとしたところで、今度は少し強めに指を噛む。数度の甘噛みを経て、中指を根本までくわえこんだ。細い節の感触を、唇の内側で味わう。指の付け根を舌先でくすぐれば、後ろで切なげな吐息が漏れて、もっとたまらなくなった。勃起しすぎて押さえつけられたものが痛いほどだった。
「つ、翼くん、イタズラはそのくらいに……」
 襲うような荒々しさで振り向き、恥ずかしそうにしていた彼女の腰を引き寄せる。
「っ!?」
「はぁ、お前が興奮させることするから、限界」
 驚きに見開かれた彼女の瞳も綺麗だ――そんなことを思いながら唇を重ねた。
 しかし真面目な彼女は、貝のごとく唇を閉ざして、なかなか舌を入れさせてくれない。
 焦れた翼は、片腕で彼女の腰を拘束したまま、もう片方の手を彼女の顎に添えた。痛くしないギリギリの力加減で口を開かせ、薄く開いた隙間に舌をねじこむ。
 最初は逃げ回っていた彼女の舌は、捉えて、ねぶって、吸いあげている内に、柔らかくなった。
 くちゅりと音を立てて舌を絡めれば、抱えている腰が微かに震える。
 少し顔を離すと、彼女はセックスの最中を思わせる欲情にとろけた顔で、大きく胸を喘がせた。口端から僅かにこぼれている唾液が、また視覚的な効果を高めている。
「はぁ、はぁ、はぁ……。っ、こんなところで……!」
「しーっ。わかったわかった。真面目に見るよ」
「こんな状態で真面目って」
「ほんと、真面目に、見る……」
 ダンスでも踊るように、腕の中の体をくるりと半回転させる。後ろから抱きしめ、一緒に鏡を見る体勢だ。
 一瞬ぽかんとした彼女が、羞恥で目を瞠る。
 翼は彼女に逃げる隙を与えず、下着の縁がくいこんだ胸を、優しくすくい上げた。
「ああ、本当だ。たしかにサイズがあってないな。俺が毎日揉んで育てたから、大きくなったんだよ」
 円を描く動きで、膨らみを揉みしだく。
 次第に下着越しでもわかるほど乳首がぷっくりしてくると、彼女の吐息が甘さを帯びていった。
「やだ、だめっ」
「なんで? 先のほうがこすれて、気持ちよくなっちゃうから?」
 吐息を練りこむように、耳を舐めながら問いかける。
 あえてじゅるじゅるという音を響かせつつ乳首をつまめば、彼女の切なそうな息で鏡面が白く曇った。
「っ、ほんとに、だめなの! 声が……でちゃう。だからもう、イタズラはやめてっ」
「イタズラじゃないって言ったじゃん」
「じゃあなんだって言うの?」
「真面目に見るって言っただろ? 可愛い奥さんのここが、どれだけ育ってるのか見るのは、夫の務めだからな」
 囁きと胸への愛撫を続ける一方で、片手を下に滑らせていく。柔らかな臀部を辿り、熱い中心へと指先を宛がった。
 少し力をこめただけで、湿った布地は陰唇の形に張りついてしまう。
 浮きでたクリトリスを爪先で軽くひっかくと、彼女の腰がびくんと跳ねた。
「ふっ、あぁ!」
「んー、胸はだいぶ大きくなったのに、こっちはなかなか育たないよなぁ。毎日エッチしてれば、ここもちょっと大きくなってくるって情報を見たんだけど……やっぱネットはあてにならないな。残念」
「ん、ぁ……はぁ、はぁ、大きくして、どうするの?」
「どうするっていうか、俺に大きくされちゃったクリトリス見たいなって。俺のせいでお前の体の形が変わったんだって思うと、すごく……興奮する」
「っ、翼くんって……ん、はぁ……たまに、ちょっと変態……」
「はは、それは違うよ」
「なにが違うの?」
「お前のそばにいる時は、たまにじゃなくて……いつも、変態」
 湿った下着を指先でよけて、直接クリトリスに触れる。
 すでに充血しきったそこは、軽くなでられるだけでも強い刺激を得るようで、彼女は大きく背をそらした。
 不意打ちによる大きな嬌声があがる前に、翼は彼女の口に手をあてる。しかし愛撫の手は緩めず、膨らみきったクリトリスをぐりぐりと指の腹で押しつぶした。
「んっ! んぅっ! んんんーーっ!」
 口をふさがれたままの彼女が、くぐもった声をあげて全身を震わせる。
 とろりとしたものが一気にあふれてきて、彼女が達したのを察した。
 そっと手を離せば、彼女が口端から一筋の涎を垂らし、くずれ落ちそうになる。
 それを片腕で受け止め、あやすふうに言った。
「座ったら、ちゃんと見られないだろ? ほら、俺が支えてるから、もう少し頑張って?」
 快感で朦朧としている彼女は、翼の誘導通り、ぷるぷると震える脚でなんとか立つ。
 翼は「偉いね」「可愛いね」「さすが俺の奥さん」と囁き続けながら、片手でズボンの前を開いた。
 下着をおろすと、硬く張りつめたペニスが一回バウンドする。
 その先走りをこぼす先端を、まだ朦朧としている彼女の膣口に宛がった。
「はぁ、はぁ……え? この、感触って……」
 ぽやんとした表情の彼女が不思議そうに顔を傾ける。次にハッとした顔になったが、その時にはもう遅かった。
 翼は後ろから彼女の顎をすくい、強引に唇を奪いながら腰を突きあげた。
「んんぅっ!? んーーーっ!」
 ぐちゅりという音が鳴り、溢れた愛液が床に飛び散る。
 濃くなった淫靡な匂い、みっちりと絡みついてくる媚肉の感触に、翼はあっけなくイキそうになる。
 ぐっと息を飲み、なんとか堪えたが、膨張したペニスはイッた後のようにビクビクと跳ねていた。
 先端がふっくらとした子宮口とこすれて、びりびりとした刺激が背筋をかける。
「はっ、はぁ、はぁ、これ、やばい……興奮しすぎて、イッちゃいそう」
「っ、あ……あぁ、つばさくんの、ばかぁ。『やばい』のは……、はぁ、はぁ、こんなところでエッチ、しちゃってることだよ」
「へぇ。まだそんな反論する余裕あったんだ。俺とのエッチ、慣れてきちゃった?」
「はぁ、はぁ、翼くんがけっこう突発的に……興奮しちゃうんだっていうのは、わかってきたよ」
「だから、違うって。突発的じゃない。お前が可愛すぎて常にムラムラしてるから、それがちょっとした拍子で爆発しちゃうんだよ」
「か、可愛く見えてるのは翼くんだけだからね。というか、やっぱりこんなのダメ。早く抜い――っ!」
 彼女が喋っている途中で勢いよく腰を引く。激しい摩擦でひくつく膣を、間を置かずに押し開いた。
「ひぁ――んんっ!」
 再びキスで嬌声を飲んで、続けざまに腰を叩きつける。
 じゅぷじゅぷという音が大きくなっていくに従って、彼女の肌はしっとりと汗ばんだ。
 それを掌で感じる瞬間が、翼は好きだった。興奮が高まり、ますます勢いをつけて、硬い先端で奥を叩く。
「んんっ! ふっ、ぅ! ん……んっ!」
 ぎゅっと膣口で絞られ、彼女も限界が近いのだとわかった。唇を解放した翼は、少し意地悪く笑いながら、耳元でそっと囁いた。
「あぁ、中、びくびくして、イキそうになってる。ダメなのに、イッちゃうんだ?」
 問われた彼女のうなじが赤く染まる。首を振っていたが、翼がずんと最奥を突くと、瞳が再び快感にとろけた。
「イッちゃえよ。ほら、お前のエッチな顔、ずっと見ててやるからさ」
「っ、く! ぅ……! だめ、ほんと……にっ、声……がまん、できな……、っ!」
「俺も。だからキスしながら、一緒にいこう?」
 彼女の顎を指先でさらい、もう一度深いキスをする。舌と舌、最奥と先端、熱い場所をこすりあわせる内に精液があがってくるのを感じた。
「んっ、く……! んっ……! っ……んぅっ!」
 嬌声を互いに飲みこみながら、ほぼ二人同時に体を震わせた。
 翼は精液を誘う中のうねりに身を任せ、本能的な動きで腰を揺らした。
 どくどくと溢れるものが、彼女の奥へと注ぎこまれていく。
 溶けあうような錯覚を起こし、翼は彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
「んっ、はぁ、はぁ、あぁ……ごめん」
「はぁ、はぁ……ん……、それは、何に対しての、ごめん?」
「すっごい出したのに、拭くもの、ハンカチしか持ってないから」
「謝る方向がずれてる」
 肩で息をしながら頬を膨らませている彼女を見ていると、また勃起しそうになる。それがバレる前に、翼はまだビクついているものを引きぬいた。
「はぁ。これじゃあ絶対に買わないといけなくなっちゃったよ」
「べつにいいじゃん。お前のためならこの店のもの全部買ってやるよ」
「そんな無駄遣いはいけません」
「はは、俺の奥さんは真面目で可愛いなぁ」
「なんでも『可愛い』って言えばいいと思ってるんでしょう!」
「だって可愛いし」
「もう、ちゃんと私の話を……!」
「聞いてるよ。でもここで長話をするのもなんだから、続きはレストランでしようぜ」
 喋っている間も、てきぱきと手際よく彼女の体をぬぐい、ドレスを着せる。そうして驚くべき早わざでドレスアップを済ませ、さっと立ちあがった。
「待っ……! 翼くん!」

 身も心もスッキリしてフィッティングルームを出ると、すかさず爺やが寄ってきた。
 翼は満面の笑みでカードを手渡し、彼女が迷っていた他の五着を指さして言った。
「あれ全部買っておいて」
「かしこまりました」
「!? それじゃあ試着した意味が……!」
 慌てて前に出てこようとする彼女の腰を引きよせ、キスをする。
 彼女が恥じらって動きを止めた隙に目で合図をして、爺やを会計へと向かわせた。
「ん、待って、だめ、翼くん。見られちゃう」
「今は俺たち以外に客が入ってないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃ――、んん」
 その後も彼女が何か抗議をしようとする度に、甘い言葉とキスで酩酊状態のようにさせて外に出た。
 ようやく離れた唇の間を夜風が通りすぎて、体の火照りを自覚する。
「……翼くんの意地悪。これからこのドレス着る度に、思い出しちゃうよ」
「いいね、それ。またフィッティングにきて、スイッチを増やさないとな」
「スイッチ?」
「着るだけでエッチな気分になってくれるんだろ?」
 意味深な笑みを浮かべ、指を鳴らす。
 彼女はさらに『スイッチ』を押されたように顔を赤くして言った。
「もう絶対にあそこではしないからね!」
「絶対? 少しも触られたくないくらい、嫌だった……?」
 まったく傷ついていないが、急にしゅんとして見せる。彼女には垂れた犬耳と尻尾が見えたことだろう。
 こういう落差に、彼女は弱い。疑う前に、咄嗟に相手を傷つけたくないと思ってしまうのだ。そして純粋な彼女は、翼が張った小さな罠に、いつも見事にはまってくれる。
 しばらく待つと、予想通りのぽそりとした声が聞こえてきた。
「す、少しなら……」

 ――という発言を彼女が後悔するのは、数日後の美化活動後のことになる。
 夢中で清掃をしていた彼女が、ふと服の汚れに気がついて手で払っていると……妙にニッコニコした翼が立っていたのだった。


<了>



800DL記念SS



『本心はリナリアに』作・雪華


 楕円の弁当箱に綺麗に詰められた好物の数々――玉子焼き、タコさんウィンナー、鳥のからあげ。どれも爺やいわく「坊ちゃまは庶民くさいものがお好きでいらっしゃる」ということだったが、天堂翼の譲れないメニューだった。細かく言うならタコさんウィンナーは甘辛い味付けが好きだ。野球部だった頃は「ウィンナーが甘いなんて」と驚愕する者もいたが、あの甘さと白米が口の中で混ざりあった時の奥深さは、どんな珍味よりも美味だと思う。
 そんな賛辞を頭の中で並べたて、翼は次々と好物をほおばる。今日は快晴なのもあって、学校の屋上で弁当を広げている状況が、ピクニックのように思えた。
(あ、このタコ、足が九本だ)
 タコさんウィンナーが残り一つになると、日光で艶々と輝く頭頂部を名残惜しげに箸先でつつく。
 行儀の悪さを指摘する風が吹き、白米の上の海苔をはためかせた。
 この海苔にも一工夫がしてあって、翼の希望でハートマークが描かれている。どこまでもコテコテの鉄板仕様だ。
 お坊ちゃんなのに庶民的な弁当が好きなのは、愛する彼女と昔食べた弁当が忘れられないからだろう。幼い彼女が記憶を失くす前に作ってきてくれた弁当は、不格好ながらも可愛くて、完食するのがもったいなかった。
(それでこっそり残りを隠したら、病室で腐っちゃったんだよな。母さんに怒られて大変だったっけ)

 しみじみと過去の記憶も味わっていると、作り手である彼女が、隣で小さくうなった。
「翼くん。好きなものばっかり食べちゃダメって、いつも言ってるのに」
 口をモゴモゴさせながら横を向く。困ったふうに下がった眉が可愛くて、思わずキスしたくなったが、甘くなった自身の唇を噛んで我慢した。唇から味が消えた頃、からかうふうに笑う。
「若奥様としては、夫の偏食癖を見逃せない?」
「べ、べつに奥さんだからとかじゃなくて……」
 照れて俯く彼女を見ると、好物を目の前に置かれた犬のごとく落ちつかなくなる。今すぐ抱きしめて押し倒したい。
(って、だめだめ。我慢我慢。こんなところで押し倒したら嫌われる)
 彼女とは、少し前に翼がプロポーズをして入籍を果たしたばかりだ。卒業前に結婚ができる誕生日であったことを、あの日ほど感謝したことはない。柄にもなく、母に「この日に産んでくれて有難う」と礼まで言ったくらいだ。浮かれきったテンションが下がらないまま新妻を抱き続け、周囲に苦言を呈されたのは、記憶に新しい。
 だが幼い頃から、ずっと彼女の夫になることを夢見ていたのだ。少しくらい羽目を外しても許されるだろう……と翼は思っていたのだが、彼女からも「ちょっとエッチの回数が……多いかな」と遠慮がちに言われ、猛省した。他の人間の苦言はどこ吹く風でも、愛しい新妻の一言は、宇宙一重いのだ。
 ――という経緯があって、翼は一週間ほど禁欲生活を送っている。正直なところ、いつでもどこでも抱きたいお年頃としては、もはや精神修行に近い。あまりに悶々とした空気を出してしまっていたのか、教師の久世一真から心配されてしまったほどだ。
(あぁ、落ちつきのある大人になりたい)
 結婚ができる年齢になっても、いきなり大人になれるわけじゃない。まだまだ未熟なところがあって、それこそグリンピースを弁当箱の端に寄せてしまうくらいには幼い。
 そんな偏食気味な翼の体調を、彼女はいつも気にしている。好物に紛れさせるように苦手な食べ物が入っているのは、そのせいだろう。
 彼女の気持を思うと申し訳ない気分になり、翼は思いきってグリーンピースを一粒口に入れてみた。
「……あれ? 意外といけるかも」
 想像していた独特の食感や臭みがない。
 思わず呟くと、彼女の顔がパッと輝いた。
「でしょう? お義母様から新しい調理方法を教えていただいたの」
「はは。まだ花嫁修業、継続してるのか」
「だって……早く天堂家にふさわしいお嫁さんになりたいから」
 彼女は実家が一度没落しているせいか、妙なコンプレックスを持っている。
 翼としては、早くそんな無駄な意識は取っ払って、リラックスして過ごしてほしい。
 そう言っても、真面目な彼女は花嫁修業を止めない。
 翼はもどかしくなり、グリーンピースを挟んでいた唇を、彼女のそれと重ねた。
「んっ」
 口移しで食べさせられた彼女が、少しうらめしそうな目を向けてくる。
 許しを乞うように、もう一度キスをして、軽く首を傾げた。
「お前は『天堂家』と結婚したんじゃない。この俺の嫁になったんだ。ふさわしいかどうかで言ったら、これ以上ないくらいだよ」
「そ、そんな甘いこと言って、苦手なものを私に食べさせようとしても、ダメなんだからね」
「このグリーンピースは苦手じゃない」
「じゃあなんで私に食べさせるの」
「お前、あんまり食べないじゃん? 心配なんだよ」
「食べてるよ。翼くんの食べる量が多いだけ。今だってほら……もうお腹パンパンなんだから」
 彼女が「ほら」と言って、少し膨れた自身の腹部をさする。
 動きにつられて下腹部を見た翼は、ぼんやりと思った。
(……早く俺の子供を妊娠して、腹がでかくなんないかなぁ)
 彼女は彼女自身が思っているよりもモテる。その自覚がないのは、翼があらゆる手段を用いて邪魔な虫を排除してきたからであって……、つまり翼は不安で不安で仕方ない。だから、というのも問題のある考え方だが、さっさと二人の愛の証を作りたかった。
 一日でも早く彼女に似た可愛い我が子を抱き、ゴミ虫――と翼は心の中で呼んでいる――新井に向かってドヤ顔をきめたい。
(でも、あんなに危険日に中出ししたのに、まだできないんだよな。学園長の言う通り、子作りって難しい……)
 山那学園の体育教師である山那誠も、今では翼の味方だ。二人の馴れ初めを教師の久世から聞いたらしく、翼が困っているとアドバイスをくれる。なぜ親身になってくれるのかわからないが、山那は「普通じゃない始り方をした仲間」だと言っていた。
 その山那誠直伝の、欲望を隠す微笑みを浮かべつつ、翼は冗談っぽく言った。
「(孕んで)もっと大きくなーれ」
「あはは。翼くんは、ふっくらした女性が好きなの?」
「ううん、お前が好き」
「そ、そっか。私も……翼くんが好きだよ」
「マジで大好き。死ぬほど好き」
「わ、わかったから」
「わかってない。俺、どんなストーカーよりも嫉妬深くて、執着心が半端ない男だよ」
 口説くような甘い声で、恐ろしいことを囁く。
 けれど彼女は程度をわかっていないからか、純粋に照れて頬を赤くした。
 その様は内心で悶絶するほど可愛かったのだが……赤すぎる気がしないでもない。
 思えば彼女は、屋上に出る前から、たまに足もとがフラついていた。気になって聞いても「ただ転びそうになっただけ」と言うから信じていたが、もしかしたら風邪をひいているのかもしれない。
「気がつかなくて悪かったな。やっぱりお前、風邪ひいてるんじゃ――」
 そう心配して肩に手を置いた瞬間、彼女の体がぴくんと跳ねる。
「んぁっ」
 翼が禁欲中だからか、その甘い声は嬌声にしか聞こえなかった。赤い顔との相乗効果で、押しこんだはずの劣情が、これでもかと刺激された。
 悪寒めいた感覚が腰あたりから駆け抜ける。ごくりと喉が鳴った。
「ごめん……くすぐったかったか?」
「う、うん。ちょっと……」
「ほんと、ごめん」
 謝りながらも、指先は翼の自制心を振りきって、彼女の首筋をなぞる。
 彼女は肩をすくめ、ふるふると震えながら、嬌声を飲みこむように息をつめた。
 たまに漏れる小刻みな甘い声が、翼の下半身を直撃する。若さ溢れるアレがあっという間に張りつめ、ズボンの前は目に見えて膨らんでしまった。
「ん、ダメだよ、翼くん」
「どうして? お前も我慢できなくなったから、こんなに敏感になってるんじゃないのか? ちょっとくらい触っても――」
「それでも我慢しないと、ダメなの!」
 翼の手を掴もうとする手を、逆に掴んで、顔を寄せる。
「なんで?」
「……まだ言えない」
「まだって、なに? いつ言えるの?」
 無理矢理始めた関係だと思っているから、翼は彼女に隠しごとをされると、どうしようもなく不安になる。つい気が急いて、彼女の胸に手が伸びた。
「んっ、だから、ダメだって……!」
「少しだけだから」
 言い訳を囁く唇を、優しく重ねる。ついばみながら胸を揉み、下着越しに乳首を引っ掻いた。
 キスの合間に漏れる彼女の息が、段々と荒くなる。
「ふ、ぁ……つばさ……くん」
 たぶん無意識だろう。彼女が、まさしくセックスの最中の声で翼を呼ぶ。
 それでいよいよ、翼のスイッチが入ってしまった。
 もうどうにも、衝動を抑えられない。
 少しだけだったはずのキスは、いつしか嵐のような激しさに変わっていた。二つの膨らみを揉みながら、くちゅくちゅと音を立てて舌を絡める。
「んんっ、ぁ……! んっ、やぁ……ん」
 たまに漏れる制止の声も、翼の劣情を刺激する材料になってしまう。
 我慢していたせいでタガが外れた時の衝動は御せるものではなく、翼は獣のような息を吐きながら懇願した。
「っ、はぁ、はぁ、お願い。入れないから、触らせて」
「ん、あぁ……、え……?」
 どこに触れるのか言わないまま、翼は彼女のスカートの中に手を入れる。
 数秒遅れて彼女がハッとした顔になり、今さらのように身を捩った。
「だ、ダメ! 今日は本当にダメなの!」
「触ったら嫌いになる?」
「ならないけど……!」
「良かった」
「良くな――、あっ!」
 翼は身を捩って逃げようとした彼女の腰に腕を回す。そしていよいよ、待ち望んでいた柔らかな感触を――。
「ん? なんだ、これ」
 予想外の硬い感触を指先におぼえる。
 下着の中に……厳密に言えば、膣口であろう場所に、何かがあった。
「っ」
 彼女の反応は顕著で、顔どころか耳も首も赤くなった。涙目で唇を噛み、肩を震わせる。今にも泣いてしまいそうだった。
 彼女の涙に弱い翼は、うろたえた。正体不明の物体が彼女の膣口にあることにも混乱し、上手い質問が見当たらない。
 困りきって目で問うと、彼女は長い沈黙の果てに、絞りだしたような声で言った。
「……花嫁修業の最中だから、触っちゃダメ」
「え? ……え?」
 動揺しすぎて二度聞きかえしてしまう。
 彼女はからかわれたと思ったらしく、涙を溜めた瞳で、珍しく翼を睨んできた。
「どうして教えてくれなかったの?」
「は? え? な、何を?」
「これが天堂家の花嫁修業だって、私、もう知ってるんだから!」
「……?」
 困惑しすぎて、すぐには声が出なかった。突然おかしなことを言いだした彼女を心配し、翼は本心から優しく問いかけた。
「何か嫌な夢でも見たのか?」
「話を逸らさないで」
「いや、逸らしてるんじゃなくて、マジでわからない」
 本気で動揺している翼を見て、今度は彼女が首を捻る。
 お互いに予想外の展開といった感じで、しばらくは、ただ見つめあっていた。
 校庭のほうで大きな声がして、ようやく翼の頭が回転し始める。
 ――もし「膣に何か入れることが天堂家の花嫁修業だ」などという嘘を彼女に吹きこんだヤツがいるとしたら……それはとんでもない事態だ。
 急速にわいた殺意が、普段よりも数段低い声になって出る。
「……誰に聞いた?」
 彼女は、翼が自分に対して怒っていると思ったようで、小刻みに震えだす。
 しかしもちろん、翼の怒りの矛先は、彼女に嘘を吹きこんだ輩だ。
 返答を待ちきれなくて二の腕を掴むと、彼女がビクリとして口を開いた。
「えっと、あの……」
「なに」
「だ、黙っていて、ごめんなさい。実はこの間……西条凍時様に会いに行ったの」
「え?」
 聞いた瞬間、翼の怒りが若干静まる。それは翼にとって、ある意味、極道よりも遥かに恐ろしい存在だったからだ。
 背筋に汗が伝うのを感じながら、慎重に問う。
「呼ばれたのか?」
 昔、彼女の父親は「世界の西条」と呼ばれる西条凍時の妻に懸想し、あろうことか強引に関係を持とうとした。これが発覚したことで、彼女の家は没落させられたのだ。それはもう見事としか言いようがないほどの展開で、彼女の家はありとあらゆる不幸に見舞われた。……全て、愛する妻を害されたことに立腹した、西条凍時の復讐だ。
 社交界の者はみんな察していたが、飛び火を恐れ、表立って彼女の実家を助けようとする家はなかった。ただ、秘密裏に救いの手を差しのべた家はあった。――それが、天堂家だ。
 そういった経緯があるから、翼はずっと西条家を警戒していたし、彼女が西条凍時に近付くなど思ってもみなかった。
「ううん……。私が西条光様に頼んで、会わせていただいたの」
「なんでそんな危険なことしたんだ」
「私の家の人間が幸せになるのを、あの方は許さない。私を娶った天堂家に、必ず災いをもたらすと思ったの」
「もしかして、俺を守るために……?」
 翼もまた震えながら問えば、彼女は迷うように視線を逸らし、それからギュッと目をつむって頷いた。
「っ、そんなことされても俺は嬉しくない!」
「わかってる。でも翼くんに、私たち家族が味わったような……あんな苦い思いをしてほしくなかった。翼くんが不幸になるかもしれない可能性は、なくしておきたかった……」
「だからって、そんなの……!」
「あ、安心して! お会いしてみたら、思っていたよりもずっと優しい方だったの」
「西条凍時が、優しいだって……?」
 西条凍時といえば「氷の貴公子」というキラキラネーム顔負けの二つ名で有名な男だ。異名の印象そのままに、ハートフルな話題など、ただの一度も聞いた試しがない。
 それでも社交界の婦人は、皆その美しさに見惚れた。男たちは、溢れる才気に羨望の眼差しを向けた。だが凍時とお近づきになれた者は、ほとんどいなかった。
 指先一つで暗殺すら命じることができる悪魔は、妻以外には興味がなかったからだ。
「本気で言ってるのか? 脅されてるわけじゃなく?」
「うん。凍時様は私を温かく迎え入れてくれて、美味しいお菓子やお茶まで出してくれたの」
「毒入り?」
「毒入りだったら、ここにいないよ」
「あちらの目的は?」
「私の家を正式に許すために、時間をとってくれたんだよ」
「嘘だろ。今すぐ隕石が直撃するくらい、ありえない」
「本当だよ。とてもお忙しいのに、私みたいな小娘一人のために、十分な時間をとってくれた」
「そ、それで、西条凍時はなんて言ったんだ?」
「えっとね……」
 彼女は目を閉じ、息を吸う。一言一句間違わないようにといった慎重な様子で、西条凍時の言葉をなぞらえた。
「凍時様はこう言ったの――『わざわざ謝罪に来てくれて有難う。でも、もう怒ってはいないよ。ふふ、本当さ。……実はね、俺は若い二人の縁結びをするのが大好きなんだ。だから君のお父上の悪行も、綺麗さっぱり忘れることにする。……ああ、そういえば、君は天堂家に嫁入りするにあたって、例の花嫁修業は受けたのかな? ……なに? 知らない? それはいけない。きっと翼くんは恥ずかしがって言えないんだね。天堂家に嫁入りする女性は、こういった道具を一日中膣に入れ、夫を喜ばせる体にしておくんだ。……え、これもわからないのかい? バイブだよ』……って」
 ずいぶんと長い回想を、彼女はつかえることなく言いきった。よほど印象的な会話だったのだろう。
 任務を果たしたと言わんばかりに鼻を鳴らす彼女とは対照的に、翼は長い長い溜息をついた。
「はぁ……。それで、信じたんだ?」
「……やっぱり、違うの?」
「やっぱりってことは、お前も違うんじゃないかって、少しは疑ってたんだろ?」
「えっと……、うん。でも凍時様が、古い文献を色々見せてくれて……、ほんとなんだって驚いて……」
「ほんとなわけないじゃん」
 翼は呆れた顔をしそうになったが、ふと気がついて溜息を飲んだ。
(あの西条凍時のことだから、たぶんハリウッドなみの小道具を用意して、納得させたんだろうな。でも仮にそうだとしたら……めちゃくちゃ遠回しな嫌がらせじゃないか? 大の男が、そんなくだらない嘘ついて女の子を傷つけるなんて……)
 ありえない、と思いたかったが……常人を超越している存在が相手なだけに、断定はできない。それによくよく考えれば、翼以外の家族の前でこれが……バイブを挿入して過ごしていることが発覚した場合、翼の父母の印象は、あまり良くなかっただろう。翼の父母は善人だが、性に奔放な女性を歓迎できる性質ではないからだ。それを踏まえての嫌がらせだとしたら――地味だが、効果のある呪いだ。
 くらりと眩暈がして、彼女の肩に額を乗せる。
「翼くん?」
「はー……。しばらく、こうしてて」
「う、うん」
「………………」
 早鐘を刻む心臓が落ちついてくると、次第に苛々してきた。午前中ずっと、彼女の快感に染まった頬を他の男どもが見ていたのかと思ったら……燃えるような嫉妬心がわきあがり、渦を成し、醜い独占欲へと変わっていった。
(小さい男だな、俺)
 そう思うのに、自分を止められない。気がつくと、翼は彼女の下着の中に、再び手を忍ばせていた。バイブで広げられた彼女の膣口を、つ、となぞる。
「翼くん!?」
「なあ、さっきさ……俺に乳首いじられながら、感じてただろ? あんなちょっとのことで喘いじゃうんだったら、他の男の前でも可愛い顔してたんじゃないのか?」
「してないよ!」
「なんで言いきれるんだよ。新井のヤツなんかは、お前のことずっと見てるから、きっと色々妄想してたと思うぞ」
「妄想?」
「なんか、今日はエロいなって……」
 囁きながら彼女の耳を唇で挟む。それだけで彼女の体には再び火がついたようで、また甘い声が聞こえた。
「あっ」
「ほら、声、出てるじゃん」
 嫉妬心は高まるばかりで、明らかに苛立った声が出てしまう。
 彼女は慌てた様子で首を振った。
「ち、違うの。この花嫁修業……じゃなかったけど、とにかくこれが上手くいったら、もっと好きになってもらえるかもって思ったら、入ってるものを意識しちゃって……。それでいつも以上に敏感に……」
「敏感になって、可愛い顔、他の男に見せちゃった?」
「見せてないってば!」
「でも、ここ……バイブが滑っちゃうくらい、ヌルヌルになってる。こんなに濡らしておきながら、少しもエッチな顔してないなんて言いきれないだろ」
「本当にしてない。翼くんに触られたから、反応しちゃったんだよ」
「ふーん。じゃあ……俺がこうしたら、入れられてるのがバイブでも、気持ちよくなっちゃうの?」
 指先でバイブの端を掴み、ずるりと引き抜く。彼女が悲鳴のような嬌声をあげると、再び押しこんだ。
「ひっ、あぁ! いやぁっ!」
「嫌って言うわりには、腰……揺れてる。俺のより気にいっちゃった?」
「そんなわけ――、あぁん!」
 わざと大きな音を立ててバイブを出し入れする。そうしながら、脱ぎ捨てたジャケットの上に彼女を優しく押し倒した。
 彼女が感じるであろう場所に狙いを定めると、もっと愛液の量が増して、翼の手を濡らす。
 その淫靡な匂いに酷く興奮した。そんな自分が嫌で、さらに苛立ちは募る。
「っ、くそ! 俺以外のもので感じるんじゃねぇよ」
 自分でも理不尽な文句だと思いつつ、どうにも感情が抑えられなかった。激情と興奮で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。やがて肩で息をするようになった翼は、手早くズボンの前を開き、怒張したペニスを露出させた。
「ま、待って! こんなところで――」
「無理、もう一秒だって待てない。今すぐこれでいっぱいにして、俺のほうがいいって言ってもらえないと、安心できない」
「そんなわかりきったこと……」
「今わかるのは、お前がここをぐちょぐちょに濡らしてるってことだけだよ。だから、ちゃんと……証明して」
 バイブを引き抜き、すぐさま反り返ったペニスの先端を押しつける。ずり上がろうとした彼女の手首を引っ張り、一気に腰を押し進めた。
 ぐちゅん、と淫らな音が鳴って、根本まで熱い膣で包まれた。
「ひぅっ! ああぁ……っ!」
「っ、あぁ、中……想像以上に、すごいことになってるな。ぐちゃぐちゃで、熱くて……、はぁ、いつもより、美味しそうに飲みこんでる。これもバイブのせいなんだって思うと、……めちゃくちゃ嫉妬する」
「そんな……っ、あぅっ!」
 膝裏に腕を回し、大きく開脚させる。少し腰を浮かせるような体勢にさせた後で、真上から打ちこむように腰を叩きつけた。奥を突く度に子宮口が先端に密着し、たまらない快感を翼にもたらす。
「ひっ、ああっ! だ、め! いやぁっ、これ……強すぎる、からぁっ!」
「はっ、はぁ、はぁ、っ……ほんとに、だめ? ぐちょぐちょになった後で、ここを抉られると……お前、すぐイッちゃうだろ。もうたくさんお前のこと抱いて、何度も一緒にイッたから……わかるよ。俺もこうやって、お前の奥とこすりあわせてるとさ……、はぁ、溶けそうなくらい、気持ちいいんだ……」
「んっ、ぁ……翼くん、わたしの中……きもちいいの?」
「うん、たまんない」
 翼が快感を得ているのが嬉しかったのか、彼女の顔が綻ぶ。とろんとした目は、すっかり快感に溺れていた。
 それでも翼は、聞かずにはいられない。
「なあ、お前は……ちゃんと俺ので、気持よくなってるか? バイブよりも、これがいい?」
「んっ、うん、きもちいい」
「どれが? 言葉にして言って」
「あっ、翼くんのっ、翼くんのが……いいの!」
「じゃあ俺のを入れられてる時以外は、気持ちよくなっちゃダメだからな」
「わかっ……た! あっ、わかった、からぁ! も……、い……ちゃっ……っ!」
「ん、俺も……、はっ、はぁ……、イク……ッ!」
 ぱん、と最後に腰を叩きつけ、一週間分の射精をする。
 勢いよく溢れたものが一滴もこぼれないよう、彼女の腰をしっかりと掴み、精液を注ぎこんだ。
 下腹を撫でた彼女が、とろんとした顔のまま呟く。
「ん……、まだ、ビクビクしてる……。こんなにたくさん注がれたら……」
「妊娠するかもな。……そうなってくれたら嬉しい」
「翼くんは、まだ不安なの?」
「ああ、お前が可愛いから心配。本当は屋敷の奥に閉じこめて、一日中見つめていたいんだ」
「はは、見飽きちゃうよ」
「やっぱりお前、わかってないよな」
「なにが?」
(俺の恐さをさ……)
 という答えは口に出さず、代わりに優しいキスを繰り返した……。

 ――それから二十年後、バイブはあの時に一回使われただけで、引き出しの奥深くで眠っていた。
 何度か思い出すことはあったが、使う気にはならなかった。始まりこそ強引だったが、翼の性的嗜好はわりとノーマル寄りで、普通のセックスで満足していたからだ。なによりバイブでも許せないほどの嫉妬深さが、一番の理由だった。それでも捨てなかったのは……翼自身も正確には言い表せなかったが、たぶんバイブを見ると彼女の健気さを思い出し、胸が熱くなるからだろう。
 あの時と変わらない一途さで、彼女は翼を想い続けてくれている。とはいえ、翼が未だにバイブを持っていると知ったら、いくら彼女でも眉をひそめる……いや、泣かれる可能性もある。
「だけど西条氏のプレゼントは、あながち間違ってはいなかったのかもしれない」
 彼女がいない時、たまに引き出しを開けては、翼は一人でクスリと笑う。はたから見たら、バイブを眺めてニヤニヤしている中年美丈夫の危ない絵面だ。だからこっそり、秘密の宝石箱にしまっている。恐らく死ぬまで、大切にし続けることだろう。
 久しぶりに触ってみようかと思った時、遠くのほうから柔らかな声で呼びかけられた。
「翼さん。また秘密の宝物を見ているの?」
 妻が近寄ってくる気配に、翼は少し慌てて宝石箱の蓋を閉め、鍵をかける。
 彼女が目の前に立つと、リナリアの花の香りがした。それが、すっかり「天堂家の若奥様」が板についた彼女を、より華やかで慎ましやかな印象にしている。
「もう、あれが咲いたのか」
 リナリアの香りをかぐ度に、彼女から花束を受けとった日が、瞼の裏に鮮やかに蘇る。あの日、あの瞬間――「この恋に気づいて」と、彼女の瞳に花言葉が浮かんでいた。
「ええ。貴方が秘密の宝物に夢中で私を放っておくから、花が代弁してくれたの」
 拗ねたふうに顔を逸らしながらも、彼女の口元は微笑んでいる。
 翼は彼女の両頬を包んで自分のほうを向かせると、そっと誓うようにキスをした。
「リナリアの花束が必要なのは俺のほうだ。お前が花壇に夢中になってる間、俺がどれだけお前を見つめてるか、知らないだろ。お前に寄ってくる男のように、たまに根絶やしにしたくなる」
「貴方だって花が好きなくせに」
「お前が好きなものを、好きなだけだよ」
 そうは言ったが、翼もリナリアのことは殊の外、気に入っている。この恋の激しさは、花束がいくらあっても足りないほどだから、広大な花壇で育ててもらえるのは有難い。

 全人類を敵に回しても良いと思えるほどの恋心に、どうか気づいてほしい。世界の西条家だって恐くない――。
 花壇一面のリナリアの花が、今日も翼の想いを乗せて、風に揺れていた。


<了>



300DL記念



『300ダウンロード達成記念:翼役 河村眞人様 インタビュー』

Q1■翼のいいところ、魅力的だなと思うところを教えてください。

一途なところですかね。なんにせよ、一途に真っ直ぐに想い続けるというのはすごいことですよ!
あと努力家なんだと思います。

Q2■逆に「ここは(性格や行動)直したほうがいいぞ!」と思うところを教えてください。

一途過ぎるところですかね?(笑) ちょっと怖いくらいになっちゃてる部分が垣間見えるので、ちょっと落ち着け?的な面もありますね。

Q3■もし河村様が翼で、どうしても彼女を諦められなかったら、どのようにアプローチしていましたか。

普通に声掛けちゃうんじゃないでしょうか(笑)
ちょっとづつでもお近づきになれたら…。
だって諦められないんじゃしょーがねーべ!?

Q4■今作のお勧めポイント、もしくは印象に残ったシーンを教えてください。

流れがあってのシーンであり、ポイントですから。全体を流れで聴いていただければと思いますよ!
そして聴いてくださった皆様にとっての、それぞれ印象的なシーンやポイントが出てきましたら嬉しいです。

Q5■ユーザーの皆様へのメッセージをお願いいたします。

一途で、真っ直ぐで、純愛です。
ちょっとアレなところもありますが、純愛です。
どうぞよろしくお願いいたします。