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※物語の核心に触れるエンド1後のネタバレを含みます。ご注意ください。




『優しい拷問』 誰か視点
 作・雪華


 射精の瞬間は、どんな男でも無防備になるものだ。世界一の暗殺者でさえ、この瞬間に背後を狙われたら、かわすのは難しいだろう。
 ぶるりと肩を震わせて束の間の忘我から戻ってきた直後、そんなどうでもいいことが頭をかすめる。『バイト』で染み付いた職業柄のようなものだ。以前この一瞬の隙をついて、師である男にジョーク――といっても全力の殺気をまとった試験――で襲われてからというもの、つい考えてしまうクセがついた。
(でも海外に行ったら、きっとこの煩わしいクセも消える)
 祈りを埋めるように腰を回せば、組み敷かれている最愛の彼女が喉を反らして震えた。
 白い喉には、窓から差しこむ夕陽がよく映える。
 美しさに見惚れ、幾度か小さく突きあげながら汗ばんだ喉をなぞった。
 掌にしっとりと張りつく滑らかな感触も心地よい。
 二人分の汗と、散々に鳴かされた彼女の涙の匂いが、嗅覚も満足させてくれる。
「んっ、やっ……、もう、む……りぃ」
「もう少しだけ、中にいさせて。まだ出てるから」
 どうやら自分は、世でいう『絶倫』というやつらしい。しかも精液の量が半端ない……らしい。全てが毒親、もとい義母から与えられた情報だから、いまいち実感はない。
 あの頃は大そう興奮されても「へぇ、そうなんだ。良かったね」という他人事と同じくらいの感覚しかなかったが、彼女と結ばれた今となっては、心の底から「良かった!」と思える。
 多く出せれば、より彼女を妊娠させられる確率があがる。
「あっ、ぅ……まだ……?」
「うん、まだ。ほら、中でびくって跳ねながら、君の奥にたっぷり注いでるの、感じるでしょ?」
「はぁ、はぁ……もう、わからな……」
「はは、そっか。まあ四回目ともなれば、ぐちゃぐちゃになりすぎちゃってわからないよね」
 はぁ、と吐きだした自分の息がくぐもって聞こえるのは、射精しすぎたせいだろう。これも亡き師からいわせれば「なんたる油断」と嘆かれる状態だ。
 ――彼女と出会ってからは、こんな油断ばかりだ。もっとも、優先順位第一位が自身から別の人間に移ったのだから、当然の結果といえるだろう。

 自分の安全は二の次で、彼女が世界の中心。
 最優先に守るべき愛しい存在。
 だからどんな手を使ってでも、彼女を生かす。
 彼女が一緒に死のうと願わない限り、いつまでも。

「愛してるよ。今日も生きていてくれて、有難う」
 そっと抱きしめ、注ぎきったものを奥に押しこむ。
 熱く熟れた最奥はその刺激に痙攣し、尿道に残っているものまで吸いだすような動きをした。
「ん、こんなふうに求められたら、また硬くなっちゃうよ?」
 無自覚な渇望が愛しくて可愛い。
 笑みをこぼす唇を重ねて少し顔を離すと、濡れた彼女の瞳と目があった。
 幾度となく絶頂を迎えたせいで彼女の息は整わず、しばらくの間、焦点が定まらない。
「ふふ、そんなに気持ちよかったんだ?」
 この顔を見ている時間が、たまらなく幸せだ。
 快楽で朦朧としている間は、無駄なことを考えないだろうと安心できる。
「可愛いなぁ。頭から食べちゃいたい」
 にこにこと微笑みながら見守っていると、やっと正気に戻ったというふうに彼女が瞬きをする。
 せっかく絡みあった視線は、けれど一瞬で解かれた。
 元々紅潮していた彼女の頬がいっそう赤く染まり、顔がぷいっと窓のほうを向く。
「こ、こういう時の顔は見ないでって言ったのに」
「こういう時だからこそ見つめたいんだよ」
「だめ。禁止」
「なんで?」
「き、昨日、ニヤニヤしてたじゃない」
「ニヤニヤ……。ニコニコじゃなくて?」
「ニヤニヤだよ。し……白目、むいてたって、からかった」
「ああ、君が気持ちよすぎて失神しちゃった時ね。あれは加減を間違えたよ、ごめんね。俺も興奮しすぎちゃってさ」
「そういうことじゃなくて」
「うん?」
「恥ずかしい瞬間を見られた上に、からかわれるのが嫌なの!」
「あれはからかったんじゃないよ。白目向いた君も可愛いって言ったんだ」
「それを言われて喜ぶ女はいないと思う」
 半分瞼をおろして頬を膨らませた彼女が、再びこちらを向いてくれる。
 怒った顔も可愛いなぁと内心で見惚れながら、少ししょっぱい彼女の頬にキスをする。
 彼女は一瞬照れた顔をしたものの、誤魔化されないぞという目を作って睨んできた。
 それもまた愛らしくて、ふふっと笑みがこぼれる。
 こつりと額同士を軽くぶつけ、鼻先を触れあわせて言った。
「えー、他の人間なら『ぶっさいくだなー』としか思わないのに、君ならめちゃくちゃ可愛く見えるんだよ? これってすごいことじゃない? 色々体験してきたけど、こんな感想を持ったのは初めてだったから、新しい発見というか……とにかく、とても感動したんだ」
 心からの賛辞を口にしたのに、彼女はますます頬を膨らませる。
 その表情から「これ以上は逆効果」と判断して口を噤んだ。
(羞恥心って、普通の人間はこんなにも捨てられないものなんだな)
 本当はもっと彼女の絶頂時の顔を褒めたい。それになぜ褒めてはいけないのか、根本的なところでは理解していない。
 けれど嫌がっているという反応にあわせ、ふさわしい行動をとった。
「ごめんね。もう見ない」
 正しくは、見るけれど口には出さない。
 謝罪の気持ちをこめてキスの雨を降らせれば、おずおずといった感じの声が耳に入ってきた。
「本当に、見ない?」
「うん、見ないよ。君の嫌がることはしない。一緒に暮らし始めてから、俺がこの約束を破ったことはないでしょ?」
「……そうだね。貴方はいつも、呆れるくらい私に優しい」
「はは、呆れちゃうの?」
「だって、こんな私に――」
 彼女が自らを貶める発言をしかけた時、考えるより前に体が動いてキスをしていた。もごもごと抵抗しようとした口を深くあわせ、呪いの言葉を紡ごうとする舌を吸いあげる。もう二度と自虐なんてできないように、じゅるじゅると音を立てて執拗に舐った後、小さなお仕置きとして甘噛みした。
 喉を鳴らして唾液を飲みこんだ彼女が、ふるりと肩を震わせる。たまに漏れる息は熱く、隠しきれない興奮を含んでいた。
(またそういう、無自覚に誘う顔をするんだから)
 全力で快楽を教えこんだかいあって、彼女の口内はもはや敏感な性感帯の一つになっている。特に神経が集中している箇所を尖らせた舌の先でなぞれば、彼女の喘ぎ声が、合わさった口の中で反響した。
 粘膜を通して伝わってくる嬌声は脳髄まで沁みて、入れたままだったものがまた熱を持つ。
(もう一回って言ったら、怒る?)
 キスをしながら注意深く彼女の様子を観察し、少しだけ腰を揺すってみる。
「んんっ!?」
 彼女は涙目で「もう無理」と訴えていたが、その奥にある瞳孔は興奮で開いてきていた。
 試しに硬い先端で最奥を優しくこする。
 直後に熱い膣襞が肉茎に絡んできて、一瞬息がつまった。
 膣全体がびくびくと痙攣しながら、もっとこすられたいとねだるふうに狭くなる。
「んんっ、んっ……ぅ!」
(やっば。止まんない)
 彼女に求められると、欲望が際限なく溢れる。
 ぞくりとした悪寒めいた快感に腰を震わせ、目を眇めた。
 ギブアップを訴える両手を握りこみ、シーツの上で指を絡ませあう。
 緩やかに律動を再開すれば、ぐちゅん、ぶちゅんと淫靡な音が響いた。
「んっ、ふ……ん、んぅ、ん……ふ……」
(かーわいい。もう落ちちゃった)
 朝から幾度となく絶頂を繰り返していたせいだろう。彼女が快感の海に沈むのは、あっという間だった。
 抵抗がなくなったことに笑みを浮かべ、濡れた唇を離す。
 彼女の両手をシーツに縫い留めるように押しつけたまま、とちゅ、とちゅ、と粘着質な音を立てて奥を突きあげた。彼女が一番好きなところに狙いを定め、強烈な快感を引き出す。 
「あっ、ふぁっ、あっ! そこ、やだ……っ、や……ぁ!」
「ここだけじゃ嫌? それじゃあ、こっちも一緒にこすれるようにしようか」
 最奥以外にも、堪らない快感を得られる場所は幾つかある。その中でも入り口の浅い部分の上側が、彼女の弱いところだ。
 突き入れる角度を調整して、そこと最奥――両方をこすり上げると、彼女は喘ぎ声すらあげられない様子で、はくはくと口を開閉させた。
「っ……! っ……!」
 いっそう愛液の量が増し、熟れた果実をつぶした時に似た瑞々しい音が立つ。
 びくつきっぱなしの膣口に裏筋をなぞられ、ぞくぞくとした感覚に腰が震えた。
「あー……俺もこれ、めちゃくちゃ、好き。ん、はは……気持ちよすぎて、眩暈、する」
 喉を鳴らして自身の唾液を飲みこみ、鼻先がこすれるほど顔を寄せる。
 ぽろぽろと涙をこぼす瞳を間近で見つめたが、もう逸らされることはなかった。とろけた瞳は陶然とするばかりで、羞恥心は完全に失われている。
 これを目にする度に悦びがこみあげ、自然と口端があがる。
 興奮を孕んだ吐息を、問う声と共に耳に吹きこんだ。
「気持ちいい?」
「っ、は……、あ……ぁ……ひ……」
「気持ちいいね?」
「あ……、いい……、きもひ、いぃ」
 望み通りの言葉を引き出し、何度も復唱させる。
 脳に刷りこまれた快感は自我すら崩し、彼女は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら全身を小刻みに震わせた。やがてビクンと大きく体を跳ねさせ、よだれもこぼす。 
 こうなればもう、見られているかどうかなんて彼女は憶えていられない。
 それをいいことに、思う存分快楽に染まりきった顔を鑑賞した。
「んー、最っ高に可愛い。今日はいっぱいイッたから、奥のほう、すっごくおりてきてるよ。はぁ、この無防備になっちゃった子宮口を突くのも、好きなんだぁ」
「ぅ……、あ……あぁ……ぅ」
「もう聞こえてないか。じゃあ、俺も五回目……出すね」
 さっきの要望を汲んで、彼女が失神しない程度にポルチオを刺激する。
 快感に慣れた膣は、意識を失いそうになっていても貪欲に絡みついてきて、最奥での射精を促した。
 それに応え、ぐっと腰を押しつける。
 ぴったりとはまる感覚は眩暈を起こすほどに心地よく、こちらのほうが意識を持っていかれそうだった。
「んっ、あぁ、いく、いく、よ……! っ……くっ」
 縋りつく気分で衝動的に彼女の首筋を噛み、ぶるっと全身を震わせる。
 先端から勢いよく溢れる感覚は、視界が明滅するほど気持ちいい。
「っ、はぁ……、っ……!」
 一滴だって無駄にできないという気持ちで、緩やかに揺さぶりながら残滓を注ぎきる。
 さすがに五度目ともなると、なかなか師に叩きこまれた警戒心を思い出せなかった。
 ど、ど、という自分の心臓の音。彼女の呼吸音。それらしか聞こえなくなる。

 どのくらいじっとしていたのか――定時の音楽放送がうっすらと意識に滑りこんできた頃、ようやく呼吸が落ちついてきた。
 彼女はまだぼうっとした様子で、全身を弛緩させている。涙もよだれも垂らしたままだ。
 そんな彼女の顔も、大好きだった。
「……ね? 快楽は負の感情を消してくれる、一番の薬なんだよ」
 かつて負の感情にまみれていた自分を癒した、唯一の魔法の薬。
 この劇薬を与え続ける限り、彼女も自殺しようだなんて思わないだろう。
「このまま死ぬまで、幸せにしてあげる……」
 長い息を吐いて体を起こすと、ふるりと首を振り、睫にかかった汗を飛ばした。
 その振動で正気付いたように、彼女がゆっくりと瞬きをする。それから数秒を経てじわじわと顔を赤くして、最後にはキュッと唇を噛んだ。
「……見たでしょ」
「なにを?」
「い……イッちゃう時の顔」
「残念ながら俺も夢中で、全然見てなかった」
「ほんとに?」
「うん、ほんとに」
 にっこりと微笑めば、彼女は安心した様子で「ふぅ」と息を吐いた。
 そんな単純なところも可愛くて仕方ない。
 皺の寄った彼女の唇を撫でながら、吐息を漏らして笑った。
(本当に君は、すごい女の子だよ。俺に『可愛い』とか『愛しい』とか思う心をくれた)
 これだけ激変したのだ。彼女を愛せば他のものにも愛情を持つようになっていくのかと、最初の頃は想像していた。
 しかし現実は、驚くほど何も変わらなかった。
 依然として子供と関わるのは「好き」だが、子供自体が好きなのかと問われると、少し首を傾げる。
 たぶん自分は、育てるという行為が好きなのだ。彼女と暮らすようになって、よりそれが浮き彫りになった。
(ねえ師匠。俺、今になって実感してるんだ)
 かつて師匠に褒められた通り、実に暗殺者向きの空っぽな生き物。それが自分。
 彼女以外の人間は、ただの動く物体だ。
 楽しい、嬉しい、悲しい――それらの感情は全て、誰かの真似。きっとこんなふうだろうという想像だった。
 ここまで壊れきった人間に、範囲限定とはいえ「愛」を覚えさえたのだから、彼女はつくづく偉大な存在だと思う。
 こう考える時、いつも尊敬と愛情が同時にわきあがり、言葉となってこぼれ落ちる。
「――君を、愛してるよ」
 察しのいい彼女は、言葉に含められた感情を理解しているのだろう。少し思いを巡らせるように瞳を揺らした後で、ふわりと微笑んだ。
「……うん。私も、貴方を愛してる」
 好意の方向性を意識させる言い方に、彼女の覚悟を感じた。
 壊れた男を受け入れたこと。二人を結ぶ罪。それらを抱えたまま生きる意味。――普通ではない関係を続けていくのは、彼女にとっては自死と同じくらい勇気のいる決意だっただろうと思う。
 ……そう想像できるのに、やはり同調はできなかった。それが、もどかしい。
「あ、この気持ちも初めてだったな」
「ん?」
「なんでもない」
 彼女を称える言葉を並べていたら、きっと夜が明けてしまう。だから程よいところで切りあげないといけない。
(もう時間だしね)
 暗くなり始めた窓の外を見て、溜息を吐く。不思議そうにした彼女に軽く口づけ、後ろ髪をひかれる思いでベッドから下りた。
「ごめん。そういえば送別会があるのを忘れてた」
「幼稚園の?」
「うん。俺はいいって言ったんだけど、みんながどうしてもって言ってくれてさ」
 もうすぐ、二人で海外に移り住む。海外には『バイト』でしか行ったことがないから、本格的に移り住むのは今回が初めてだ。
 新天地での生活となれば普通は不安になるものだろうが、不思議と幸せな気分にしかならなかった。きっと世界の全てが、彼女になったからだろう。どこに行っても彼女がいれば幸せなのだ。
 幸福な日々を思い描くと、着替える間も鼻歌を歌ってしまう。その最中、強い視線を感じて振り返った。
「なに?」
「えっと、シャワー、浴びていかないの?」
「んー……俺、体臭とかあんまりないじゃん?」
「そうだけど……」
「着る前に君の愛液は拭いたし」
「あ、愛液って……! もう! そ、そういう話じゃなくて、体を綺麗にしていくのは社会人としてのマナーで……!」
 照れて手をぶんぶん振っている彼女に近寄り、腰をかがめて視線の高さをあわせる。
「うんうん、君は真面目だよねー」
 本心から言って頭を撫でれば、またもや彼女は頬を膨らませて、そっぽを向いた。
 恐らくは精一杯の怒っていますアピールが、やっぱり可愛く見えて仕方がなかった。
 顎に手をあて「うーむ」と唸りながら少し顔を傾ける。
「これは由々しき事態だ」
「なにが?」
「どうも俺の本心が伝わらない時があるみたいでさ。夫婦として、これじゃあいけないと思うんだよね」
「いけないのは貴方の感性だと思う」
「そう? 大好きな人のエッチなにおいをさせたまま外出するのって、なんか楽しいじゃん?」
「たっ……楽しくありません!」
「あはは。じゃ、行ってきまーす」
 抗議を続ける彼女の唇に、ちゅっと音を立てて口づける。それから軽い足取りで身を翻し、鼻歌を歌いながら玄関へと向かっていった。途中で、彼女がまだぶつぶつと文句を言っているのが聞こえて、思わずくすりと笑ってしまう。
「浴びる必要ないんだよねぇ。どうせ汚れるから」
 ぼそりと呟いた声は、玄関扉が閉まる音に隠された。

 そうして数時間後に膝をつけたのは、歓迎会で賑わう居酒屋の一角……ではなく、濃い影が落ちる木の根元だった。やたら広いだけが取り柄の寂れた公園には、葉擦れの音しか聞こえない。以前は不良がたむろしていたせいか、こういった場所にはお決まりの、盛りあがったカップルもいなかった。
 そんな猫の子一匹見当たらない場所で、ただ時が過ぎるのを待つ。長時間の待機には慣れているから、退屈だとも思わなかった。
(そろそろかなぁ)
 さて食事にでも行くか。そのくらいの軽い気持ちで用意していたある物を握り直す。そして『対象物』が低木を越えた向こう側を通過した直後、ほとんど音を立てずに駆けだし、一瞬の間に背後に立った。
 銀色に光るものが繰りだされて『対象物』に埋まっていくまでにかかった時間は、ほんの数秒。――手強いはずの刑事が「刺された」と気がつけないほどの、あっという間の出来事だった。
「っ!?」
 突然の襲撃に、刑事は悲鳴すらあげられずに地面に押し倒された。
 無駄のない動きで、その体に馬乗りになる。抵抗される前に腕と足の腱を切った。
「ぎっ……!」
 次いで大きく口を開けた刑事の前に人差し指を出す。悪戯をした子供に向けるのと同じ顔で笑いかけた。
「しー。駄目だよ。叫んだら、すぐに急所を刺すからね」
 穏やかな声で諭し、ナイフの束をぐりっと回す。肉を抉る際のちょっとした抵抗感と、ごりりと骨を削る時の反動が掌を通して伝わってきた。
 神経を巻きこんで切る時の感触は、訓練しているのもあるだろうが、わりとわかりやすい。
「ぐぁっ! ぅ……ぐっ」
 これだけやっているのに絶叫をあげないところは、さすがだと感心した。こてりと頭を傾け、素直な称賛を口にする。
「すごいなぁ。アンタ、意外と拷問に慣れてる?」
「お、前……っ」
 まだ元気が余っていそうなので、一度抜いたナイフを違うところに突き立てる。
 今度はあえて臓器の隙間を狙ったから、大した抵抗感もなく、豆腐を切るような手応えしかなかった。
 人体は、わりとあっさり切れるのだ。
「っ……!」
 刑事は大声を出せばすぐさま殺されると悟ったらしく、唇を震わせ、掠れた小さな声で問いかけてきた。
「っ、はぁ、はぁ……お前は、あの子と一緒に住んでいる男だな?」
「うん、そう。ちなみにこの間籍を入れたから、今はあの子の夫だよ」
「……なぜすぐ殺さない」
「いつもならそうしてるんだよ? でもアンタは別。……ねえ、川西圭吾さん。俺、アンタにはなるべく苦しんだ末に、死んでほしいんだー」
 この男――川西圭吾は、彼女の犯行を唯一疑い続けた刑事だ。彼女が過去を思い出してしまった原因の一つともいえる。
「アンタが付きまとったせいで、彼女は無意識に追いつめられ、俺の暗示を解いた。アンタがいなければ、彼女は何も知らない幸せな女の子でいられたのに……。まったく、酷い刑事さんだね。善良な国民を守るのがアンタらの義務じゃないの?」
 呆れた口調でなじると、川西は口端だけをあげて皮肉げに笑った。
「善良だから、正しい場所に連れていこうとしたんだ」
「出血多量で意識朦朧としてるのはわかるけど、もう少しまともなこと言ってくんない? 俺、一発で仕留めるのは得意だけど拷問は苦手だから、イラッとして手元が狂っちゃうよ」
 と言いつつ少しも苛立っていない調子でナイフを抜き、機械的な動きで違うところを刺す。
 風が吹き抜けると、嗅ぎなれた血の臭いと芝生の匂いがまざりあって鼻孔をかすめた。
 すん、と鼻を鳴らし、またこてりと首を傾げる。
「へぇ、マジで根性あるんだね。まだ泣き叫ばないんだ? うーん、この根性で追ってこられたら、彼女が思い出すのも無理ないか」
 これだけの血が流れ出ているのにパニックに陥らないのは、普通ならばあり得ない。いくら有能な刑事といえど、死が迫っていると感じれば冷静な判断力を失う。それが人間としての本能だ。
 ならば……
「アンタも、普通じゃないんだろうなぁ。ねぇ、アンタはどんなふうに壊れてるの?」
 少しの興味心をそそられ、つい問いかけた。こんなふうに標的相手に質問をするなんていうのも、今までの経験からは考えられないことだった。
 新種の虫の標本を見る気分で、血の気が失せた顔を覗きこむ。
 川西は既に出血多量の域に至っているだろうに、眇められた目には余裕が残っていた。
(というより、これは……ある意味、達観してるのかな?)
 こういう目を、過去に数回見たことがある。信念を貫いた者が、己の矜持に殉じて死ぬ時だ。
 ただの公務員らしからぬものを感じとり、なんとなく最期の瞬間を先延ばしにしてやる気になった。
 それを察したのだろう。川西は途切れ途切れの声で語りだした。
「俺には、茉莉って幼馴染が、いたんだ。物心ついてから、彼女に恋をしていた」
「なに、いきなり恋バナ?」
「まあ、黙って聞けよ。最期くらい、好きに、喋らせろ」
「……」
「その茉莉って子は、ずっと、両親から虐待を受けていた。俺はそれに気づいていたのに、ただのガキだったから……一緒にいるくらいしか、できなくて……。俺の両親にも、近所にも訴えたんだが、悪い意味で身内をかばいたがる、閉鎖的な村でな……。『よその家のことに首を突っこむんじゃない』と言われて、結局は何も……してやれなかった。今みたいに、児童虐待が、話題にならない時代でもあったから……本当に、八方塞がりで……。げほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……」
「それで?」
「だから、ある夜……駆け落ちしようって、言いにいったんだ。はは、今思えば、ガキが都会に逃げて、やれることなんてなかったのにな……」
 ついに意識が朦朧としてきたのか、それとも昔に思いを馳せているせいか、川西の目が遠く遥かにある月を映す。
 こんな状況に陥っているとは思えないほど、穏やかな顔だった。
「そうしたら……虐待に耐えかねた、茉莉が……寝ていた両親を、刺し殺していたんだ……。俺は、それを見て……」
「自首しろって言った?」
「いや……咄嗟に茉莉の手をとって……逃げた」
「へぇ、マジで? 正義漢の塊みたいなアンタが?」
「今も昔も、俺には正義なんて、ない。ただ……茉莉みたいな、悲しい加害者を、作りたくなかっただけ……」
「悲しい加害者って?」
「茉莉は……俺と逃げたあと、罪悪感に押しつぶされて……自殺したんだ。あんな親は死んで当然だったんだって、言って聞かせてたのに……俺が目を離した隙に、崖から、跳びおりちまった……。咄嗟に手を伸ばしたのに、指先しか届かなくて……。あの瞬間の茉莉の目が、ずっと……頭にこびりついて、離れなかった……。お前の、嫁の目は……その時の、茉莉の目と……同じだ」
「はあ? 一緒にすんなよ。俺の奥さんは、俺と生きる決意をして、乗り越えたんだ」
 何を馬鹿なことを言っているんだと鼻で笑えば、川西は乾いた笑いを返してきた。
「は……、完全に壊れた、お前みたいな人間には……一生、わからないだろう。裁かれなければ、救われない人間だって、この世にはいるんだ。だから、どうか……彼女に、自首させてくれ」
「嫌だね。彼女が裁かれる理由がない。ああいうやつらは社会のゴミだ。ゴミを片して何が悪い」
「嫌なら、せめて……カウンセリングを受けさせろ。善良で、優しい人間ほど……犯した罪に、押しつぶされる。お前と同じ基準で考えていたら、彼女は……遠からず、死ぬ。お前がやっていることは、救済じゃない。優しい、拷問だ」
 話を聞く内に、珍しく腹が立ってきた。たぶん彼女に対して不穏な予言をしたのが、気に食わなかったのだろう。
 自分の気持ちなのに、上手く説明できない。けれどなんだか、ものすごくモヤモヤする。
 急に面倒臭くなり、軽く首を捻りながら言った。
「――もういいや」
 引き抜いたナイフを、苦笑しながら心臓に突き立てる。
 虚ろだった瞳が一度だけ見開かれ、川西は絶命の声をあげる間もなく息を止めた。
 いつもながら、終わる時はあっけない。
「さてと、アイツを呼ぶかー」
 死んでしまえば川西はそこの辺の石ころと何ら大差なく、完全に興味を失って立ちあがった。
 一つ残念な点があるとすれば、予定よりも苦しませずに殺してしまったくらいだ。
 やれやれと肩を竦めた後、ポケットから携帯を取りだして時刻を確認し、電話をかける。
(今から帰れば、終電には間にあうな)
 三回目のコールで電話に出た相手は、淡々とした声で「仕事か」と聞いてきた。
 それに気安い調子で答える。
「うん。でも今回は、ちょっと厄介でさ。なんと、俺にとっては初の一般人。だから処理代は弾むよ」
 通話相手の男は「まったく」とか「なんでもっと上手くやれなかったんだ」とか文句を言ってきた。
 それらに軽く相槌を打ち、苦笑しつつ頭をかいた。
「だってコイツ、寮に住んでるから、なかなか侵入できなくてさぁ。一人になるタイミングがここしかなかったんだよ」
 ちゃんと説明したのに、男からの苦言は鋭さを増す。
 顔を顰めて一旦携帯を耳から離し、溜息と共に言い訳をした。
「はー、わかってるよ。これ以外では、師匠の言葉は守ってる」
 彼女と出会ってからというもの、この男からはよくお小言をくらうようになった。十年以上付きあいのある相手だから、師匠と同じくらい案じてくれているのだろう。
 だとしても同じ熱量で返してやれないのが、申し訳ない限りだ。
 申し訳ないという気持ちも、なんとなくしかわからないけれど。
「あはは、とにかく頼んだよ。俺は今日限りでこの『バイト』を辞めるから、後はよろしく。今まで、有難うな」
 驚愕を露わにした問いかけを、ボタン一つで打ち切る。
 大きく背伸びをしてから、ストンと腕を落として顔をあげた。
「帰ろっと」
 それから男の到着を待たずに血で染まった手を公園の水道で洗い流し、用意しておいた服に着替えた。
 彼女には、酒に酔った同僚に吐瀉物をかけられたのだと言えばいいだろう。
 全部済ませたら、もうすっかり爽快な気分になって、足取りも軽く帰路についた。

 びゅうっと音を立てて強めの風が通り過ぎる。
 少しの肌寒さを感じ、早く移住先の南国に行きたくなった。
「まだ起きてるかなー」
 とんとんと軽やかにマンションの階段をのぼれば、自分でも驚くくらい声が弾む。
 やっぱり、彼女との未来を想像するのは楽しい。
 つい勢いに任せてお土産を振り回しそうになり、寸前で腕を止めた。
「っと、やばいやばい」
 お土産として買ってきたケーキは、近頃彼女がはまっているコンビニスイーツだ。
 これを買って帰ると、彼女は花が綻ぶように笑ってくれる。
 その笑顔を目にすると胸の内が暖かくなって、最高に幸せな気分になれる。
 今夜もまた「太っちゃう」と言いつつ、愛らしい顔でほおばってくれるに違いない。
 そんな想像でますます浮かれながら、勢いよく扉を開けた。
「たっだいまー!」
 明かりがついているから、きっとまだ起きているのだろう。
 期待してずんずんと廊下を突き進んだら、リビングの中央に彼女の姿が見えた。
「あ、やっぱり起きてたんだ。ねえ、君の好きなケーキを買ってきたから、一緒に」
 歩み寄る途中で、ひゅ、と息を飲んだ。
 人を殺している最中ですら穏やかに動ている心臓が、どくりと跳ねて忙しなく鼓動を刻み始める。
「なに……してるの……? 何か、料理中……?」
 やけにぼんやりした彼女が、緩慢な動作で顔をあげる。
 まったく不甲斐ないことに、その手に握られた包丁を目にしたら声が震えた。
 ……彼女の虚ろな瞳を見て、正気ではないと一瞬でわかったのだ。
 そうして冷や汗を流しながらも、心の中では「いやいやあり得ない」と否定の言葉を繰り返す――。

 だって、彼女は一緒に生きる決意をしてくれたのだから。
 数時間前まで、あんなに楽しそうにしてくれていたのだから。
 移住して、子供を作って、幸せな家庭を築くと、約束してくれたのだから。
 つまり自殺をするなんて、もうあり得ないはずなのだ。

 けれど彼女は、こちらからの問いかけに全く反応を示さない。それどころか何かに繰られたように揺れて――自分の首を切り裂こうとした。
「やめろ!」
 叫びながら、過去最高と思えるほどの俊敏な動きで駆け寄る。ぱしりと彼女の手首を掴み、包丁を取りあげた。
 しばらくは何も言えず、自分の荒い呼吸音だけが静かな室内に響いていた。
 大量の冷や汗が背筋を流れる。
「な……んで……?」
 喉が干上がって、そんな簡単な質問しかできない。
 バイトで鍛えあげた体がなければ、彼女は今頃血の海に沈んでいただろう。
 死体なんて見飽きたはずなのに、息絶えた彼女を想像したら全身の震えが止まらなくなった。
「ねえ、なんで!?」
「……!」
 彼女に対して、初めて声を荒げた。
 その声がスイッチであったかのように、彼女がビクリと肩を跳ねさせて瞬きをした。
「え……」
 彼女は自分が何をしようとしていたのかわかっていない様子で、取りあげられた包丁を見つめる。その数秒後に小刻みに震えだした。段々と大きくなった震えは痙攣のようになり、怯えを感じさせる声が何度も何度も繰り返し言った――。
「違う、違う、違う、違う、違う、違う」
「落ちついて! 大丈夫、もう大丈夫だから!」
「私は死にたくない! 間違っているのを承知で生きる選択をしたの! これは……違うの!」
「わかってるよ。だからゆっくり息をしよう? ね?」
 髪をかきむしって悶える彼女を強引に抱きこみ、体を押さえる。
 数分間暴れた末にようやく大人しくなると、彼女が嗚咽まじりの声で謝罪した。
「ごめんなさい。ごめんなさいっ! 私、思いきった、はずなのっ」
「……うん、知ってる」
「それなのに、どうして……っ。こんなの、嫌。こんな自分、嫌っ!」
「……俺は愛してるよ。君が嫌いなところも含めて、愛してる」
「こんな、よくわからない、中途半端な女なのに……?」
「わからなくないよ。今はちょっと、心が疲れているだけなんだ。時間が経てば、過去なんて笑い飛ばせるようになる」
「疲れてる、だけ……」
「そう、疲れてるだけ。だから、今夜はもう寝よう?」
「でも……、でも……」
「大丈夫、なんの心配もいらない」
 彼女の頭を撫で、優しい声で話しかけながら、ゆっくりと座らせる。そしてさりげなく出したコインを指で挟み、彼女の視界の中で一定速度で回した。
「こうして単調な動きを見ていると、だんだんと、眠くなるよね。すーっと体の力が抜けて、とてもリラックスできて……瞼が重くなってくる」
「で、も……」
「眠くなる……」
「…………」
 ゆったりとした声で幾度も繰り返している内に、彼女の体から徐々に力が抜けた。そして本当に眠そうになってきて、呼吸が落ちついてくる。
 いわゆる疑視法というやつだ。思考を一点に集中させることで、他の情報をシャットアウトする。そうしてレム状態に誘導しながら無意識下に暗示を仕込む。
 催眠術など嘘くさいという者もいるが、慣れている者がやれば、実行するのは容易だ。もちろんかからない相手もいるが、今の彼女はかかりやすい。あの事件の日に施した暗示よりも遥かに簡易的なものでも、こうしてかかってしまうくらいに。
「眠くなる……」
「…………」
 幾度目かの声で、彼女の息遣いが変わった。
 眠りに落ちたのだとわかり、長く重い溜息が漏れた。
「……おやすみ。愛してるよ」
 額に口づけた後、すっかり弛緩した体を横抱きにしてベッドまで運ぶ。慎重に下してすぐ、かつてない疲労感に足をとられた。
「っ」
 よろけて床に腰を落とせば、粘土を飲みこんだような気分になった。
 肺が何かに圧迫されて、酷く苦しい。
 胸を押さえて深呼吸を繰り返していたら、ふと視界に潰れたケーキが入った。かろうじてプラスチックケースの中に納まっているものの、原形を留めていない。咄嗟に駆け寄る途中か、もしくは暴れる彼女を押さえている時に、踏んでしまったのだろう。
 乗せられていた苺が潰れ、透明なケースの中は血しぶきを連想させる有様になっていた。
「違う。絶対に、違う。俺たちは、幸せになれる。ここは、ケースの中じゃない」

 幻聴が聞こえる。川西圭吾の声だ。

「優しい、拷問……」

 呟いた自分自身の声に、呪いをかけられた気がした。


<了>