Chapter 3誠編
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【シナリオ抜粋】
「危ない!」
「!」
落下物を避けきれず、衝撃を覚悟してギュッと目をつむる。
けれど次の瞬間、唇に体験したことのない柔らかな感触が訪れた。
目を瞠った私の視界いっぱいに、山那先生の整った顔が入る。
驚きすぎて瞬きすらできない。
気が動転しているからか「先生の睫毛、長いなぁ」とか、どうでもいいことを考えてしまった。
「っ」
どくりと跳ねる心臓。
汗の匂いに男性らしさを感じてうろたえる。
遅れて少しスパイシーな甘い匂いを嗅ぎとると、もっと胸の鼓動が激しくなった。
――ここまでは、たぶん数秒の間の出来事。だけど私には永遠にも感じられた。
(これって、キス……)
呆然としている私には構わず、先生は顔を顰めて少し体を起こした。
「いってー。ったく、重いもんを上に乗せるなって、あれほど言ったのに……。
おい、大丈夫か? どこも怪我してないか?」
「だ、大丈夫、です」
でも心は「大丈夫」じゃない。
突然ファーストキスを経験してしまって、
しかも相手が山那先生だったことは、
私の人生のトップ3に入るくらい衝撃的で……。
次の言葉が、全然見つからない。
「大丈夫なら、なんでそんな顔……」
「く、唇が」
「え、ああ。必死で気がつかなかった」
気がつかなかったと言ってくれたのだから、そのまま流しておけばノーカウント扱いになったのかもしれない。
お互いのためにも、それが最善だった。
なのに動揺がおさまらない私は、ここでも無駄な自己申告をしてしまった。
「今の、ファーストキスで……」
「ふーん」
先生の相槌は、どうでもいいようでいて、何かを探っているふうでもあった。
細められた目に異様な熱が浮かんだ気がして、もう先生の目を直視できない。
体の内側まで見られている錯覚を起こし、肌が汗ばむ。
恥ずかしい。先生みたいなモテてモテてしょうがない大人の男性が、お子さまな私を意識するはずなんてないのに。
(気のせい気のせい)
と念じるので精一杯だった私は、先生が離れない理由を考えていなかった。
冷静になろうと思えば思うほど、いっそうパニックに陥っていく。
なにせ男性とは手を繋いだこともない。
免疫力ゼロどころかマイナスの私にとって、この状況は刺激が強すぎた。
先生の吐息が頬にふれた途端、そこが茹ったように熱く感じた。
「だからって、そんな真っ赤になったら危ないだろ」
なぜか先生の顔が近くなってきた。
未だ混乱の最中にいる私は、聞き返すことしかできない。
「危ない?」
「ああ、危ない。この体勢で、そんな顔されたら……」
語尾に向かうにつれ囁きへと変わっていく声音が、やたらと甘い。
熱を感じる吐息が唇にかかったと思った時には、既に鼻先同士がくっついていた。
「二度目のキスも、奪いたくなる」
「んっ!? んんっ!」
唇が重なってきてすぐ、咄嗟に閉じようとした口が熱い舌で割られる。
ぬるりと入ってきた他人の舌の感触は、ゾッとするほど生々しい。
驚愕して逃げ回る私の舌を、先生は音が鳴るほど強く吸いあげた。
しごくような動きで根本から先端まで擦りあわされる。
「んっ、ぅ……んっ」
自分の口内から、じゅるじゅるという音が立っていることが信じられない。
(どうして私、こんなことされてるの……?)
息が苦しい。
恐い。
嫌、嫌、嫌――
「嫌ぁ! やめてください!」
なんとか首を振ってキスから逃れる。
「なんでこんな……!?」
叫んでいる途中で逞しい下半身が密着してきて、妙に硬い――存在感がありすぎるものを押しあてられた。
しかも私の腿に触れた膨らみはビクンと小さく跳ねた……ように感じた。
「ひっ!」
いくら恋愛経験皆無の私でも、ここまでくればさすがに危機的状況だとわかる。
恐くてたまらなくて、必死に暴れた。
だけど筋肉で覆われた体は岩みたいに重くて、まったく歯がたたない。
「しーっ。ちょっとだけ! 最後まではしないから! な?」
欲望を湛えた瞳の中に、私のひきつった顔が映っている。
これが、あの――爽やかでカッコよくて優しいと――みんなに慕われている山那先生だなんて、ありえない。
悪い夢でも見ている気分だった。
「や、やめて……くださ……」
力でねじ伏せられる恐怖で声が震える。
唇も舌も上手く動かせない。
本当に恐いとこんなにも声がでなくなるのかと、初めて知った。
先生はそんな私を宥めるふうに微笑んだかと思うと、形のいい自身の唇を軽く舐めた。
その仕草が得物に食らいつく前の肉食獣を彷彿とさせて、背筋が凍る。
「お、お願いです、先生。やめてください。ここであったことは誰にも言いませんから!」
「そんなに恐がるなよ。ちょっと、大人のキスをするだけだって」
「やっ――んんーっ!」
強引にあわさってきた唇に悲鳴を奪われる。
さっきよりも深くに舌が入ってきて、えずきそうになった。
けれど本当にむせそうになる寸前のところで舌先は引き返し、表面の味蕾を舐る。
口蓋や舌の裏も、くまなく味わわれた。
「んぁ……、はぁ……っ」
朦朧としてきた私が酸素を求めて大きく口を開けば、また深いところにまで舌が入ってきた。
混ざりあった二人分の唾液が喉奥に流れこんでくる。
吐き出すこともできず、こくりと飲み下す。
すると先生は嬉しそうに口端をあげ、ようやく私の唇を解放してくれた。
でも、ほっとできたのは一瞬だった――
「前から気になってたんだけどさ、お前……ブラジャー変えたほうがいいぞ。全然サイズがあってないから目立ってる」
「はぁ、はぁ、ブラジャー……?」
酸欠で頭がくらくらする。
言われたことの意味を咀嚼する前に、息切れで上下する胸を両手で揉みあげられた。
「っ!?」
「いつかこうして、男達に揉まれるんじゃないかって、気が気じゃなかったんだ……」
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